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コロナ危機とドイツ経済(その4)〜MICE業界編〜

執筆者 | 2020年6月19日

1. 市場の現況

ハルツ大学の欧州展示会産業研究所(EITW)の調査によると、ドイツのMICE市場における参加者数は、近年継続して増加し、2019年には、4億1200万人から4億2300万人へと前年比2.7%増となった。同時に国際化も進展し、2019年の海外からの参加者数は4320万人と、2018年比で15.9%増となった。

コロナ危機により、今年3月初旬以降、主要なイベントは軒並み中止され、今後の開催に当たっては、同業界にとってほぼ対応不可能な厳しい制限が課されるため、この堅調な傾向は突然の中断をよぎなくされた。MICE業界団体である見本市・展示会建設業協会(FAMAB: FAchverband Messe- und AusstellungsBau)のヤン・カルブフライシュ常務理事は、5月末に政治家やメディアは殆ど注目していないが、深刻な状況が継続していることについて、次の様に語った。

イベント開催件数「4ヶ月後には業界6割の企業が流動性不足に陥るであろうと、これまでも繰り返し指摘してきたが、今、正に、その危機的な局面に差しかかりつつある。」と述べ、6月以降25万人が解雇されなければならなくなる、という危機感を訴えている。

その理由の一つに、連邦、および、州政府の資金援助では、同業界を効果的に支援出来ないことがある。第一に、現在の資金援助の上限や売上損失額の計算方法にはMICE業界の特殊性を考慮した調整がなされていないため、多くの企業が支援対象から除外されてしまっている。また、資金援助の上限は月5万ユーロだが、従業員250人の企業の場合、同額は従業員1人当たり200ユーロにしかならない。従業員100人規模の企業が、いくら社内コストの削減に努めたとしても、概算20万〜25万ユーロの損失を計上しているのが現状である。

このようなことから、同協会は、現状の支援策では企業倒産および雇用損失を阻止出来ないのではと危惧している。そこで、毎月年間売上高の2%に当たる固定費補助金の給付、及び、手続きが簡素で即時実現性のある損失繰越を要請している。同業界は、数千人の雇用を確保しているだけでなく、イベント訪問客らの消費により100億ユーロを上回る付加価値税収入も生み出している事を忘れてはならない(2)。  ドイツ見本市主催者の売り上げ総額は約40億ユーロと推定され、ドイツは世界でも最も重要な見本市開催地の一つとなっている。展示会とライブコミュニケーションのための研究所(R.I.F.E.L.)は、見本市ブース建設部門で6億7千ユーロ、見本市産業全体では16億ユーロを上回る被害を予測している(3)。

 

2. 出口シナリオ

EITWの調査は、MICE業界の将来を描くシナリオをとして、より楽観的なシナリオとより悲観的なシナリオを提示している。同調査によれば、2020年3月30日迄時点において、今年予定されていたイベントの過半数が中止された。状況が改善すれば、予定されていたイベントの3分の1が延期した後、開催されるという。但し、これは、大規模なイベントに関して言える事であり、小規模なイベントについては、即座に中止、若しくは、バーチャルイベントに変更されたものが殆ど。より楽観的シナリオによれば、コロナバンデミックのピークが6月から8月に訪れる事を前提に、MICE市場は年末までに回復し始める事が予測されている。しかし、厳しい制限が課される中、実際にイベントを再開出来るのは、予定の3分1程度に留まると予測している。そして、年内にイベントを正常通り開催できるのは小規模なイベントのみであり、大規模なイベントが正常に戻るのは翌年の2月から5月になると予測している。

企業平均イベント開催件数

より悲観的なシナリオでは、12月迄に予定されていたイベントの約9割が中止され、2021年夏まで市場が回復しない予測となっている。前述のシナリオと同様、回復するのは、当面、小規模なイベントのみで、大規模なイベントに関しては、2021年秋まで市場の回復は期待できないとしている(4)。

3.  展望

EITWの調査では、市場の現状と将来予測を行うだけでなく、MICE業界が今後どのように変化していくかについても取り上げ、イベントの開催に関してもデジタル化の重要性が着実に増えると見込んでいる。同調査によると、デジタル形式で開催するイベントの重要性に関する意見を比較した結果、コロナ危機の影響で、デジタル形式に将来性を見出せるという回答が短期間で47%から75%に増加している。更に、危機前には、ハイブリッドのイベント形式に将来性を見出せるという回答は3分の1にも満たなかったのに比べ、3月初旬には、既に、対象者の6割がその潜在性を見出せると回答している(4)。

シュプリンガープロフェッショナルのデジタル専門ライブラリーは、代替案としての仮想見本市に関する記事で、B2B向け見本市の来場者の大半は、コロナ危機以前から、事前にインターネット検索をして、イベントや出展者についての情報を入手していたことを指摘している。ひいては、見本市の来場者にとって、特に今回の危機状況下、見本市が完全にデジタル化される事自体、実に理に適った緊急解決策となる可能性が高いという。例えば、ドイツ最大手の投資信託会社ファンドファイナンス社をはじめ会議主催者の多くは、デジタル化を既に導入し、仮想見本市開催中にインターネットでウェブセミナーや講演を無料でストリームできる様に提供したという。但し、イベントの完全な仮想化により、主催者に過大な費用負担がかかる事を忘れてはならない。従って、バーチャルイベントに加え、ソーシャル・オーソリティとソーシャル・セリング、特に後者は、ダイレクト・マーケティングと同様の効果を秘めているため、危機的な状況下にある主催者にとって局面を打破する好機となり得よう。ソーシャルメディアがこのような施策を導入するには時間がかかるが、見本市主催者が専門見本市で行うことと同様に、特定のターゲット層に直接アプローチ出来るというメリットもある。しかしながら、現状のバーチャルイベント形式が、緊急解決策の域を越えることが出来ない理由は、統合されたブランド体験の欠如にあり、イベントに実際参加しなければ、あるいは、最低限、拡張現実(AR: Augmented Reality)や仮想現実(VR: Virtual Reality)などの技術的ソリューションがなければ、そのギャップを埋める事は出来ない(5)。

デスティネーション・コングレス・マネージメントの教授であり、EITWの責任者でもあるミシャエル・タデウス・シュライバー氏は、小規模なイベント形式の方がより迅速に正常化すると予測しており、それにより、大都市圏の地域経済クラスターや地方のグリーンミーティングに恩恵をもたらすであろう、と述べている。しかしながら、彼は、デジタル形式が従来の実際(リアル)の見本市やイベントに完全に取って代わるとは考えていない。

「いくら「デジ・ハイプ(デジタル化・誇大広告)」とは言っても、今回の危機は、デジタル化の限界も明示している。会議一つを取ってもそうだが、短期間で集中力は顕著に低下する。どんなに頑張ったところで、1日に3回のビデオ会議をこなせば、“ソーシャル・プログラム”が恋しくなるものだ。しかし、バーチャル空間には、我々が五感を通じて様々な感情を共有することが出来る人がいる訳ではない。ビジネスを成功させるために、また、個人が満足感を得るためには、生のコミュニケーションが不可欠なのである。つまり、我々イベント業界は単なる“社会機能の維持に必要不可欠”なだけではなく、“人間にとって必要不可欠”であると言っても過言ではないだろう。会議の場を通して人間性を養い高めようではないか。」

シュライバー氏は、カンファレンスやコングレスの存在をPRし、イベント主催者に適切な会場やイベント代理店を如何に効率的に案内するかという点で、コンベンション・ビュローの担う役割の重要性が将来的に高まる、と予測している。更に、コンベンション・ビュローは、MICE市場調査に基づき、効率的なターゲット層設定に努め、新規のイベント形式、および、コミュニケーションの手段を開拓していかなければならない、としている。その観点からも、連邦各州および地方自治体が、資金および人材支援を削減しない限り、コンベンション・ビュローは、今後、益々イノベーションおよびモーチベーションの源泉となっていくであろう、としている。従って、シュライバー氏はMICE業界が、コロナ危機を巧みに乗り越え、一層強化されていくことに期待を寄せている(6)。

6月はMICE業界にとって、連邦、および、州政府の補助金が、実際、如何に効率的に企業の倒産を阻止する事が出来たかを見極める上でも重要な月となる。また、出口シナリオ如何によっては、同業界が2019年の堅調な業績水準に戻るのに、どれくらいの期間が必要かも明らかになるであろう。

 

出所:

  1. Europäisches Institut für TagungsWirtschaft GmbH (EITW): Meeting- & EventBarometer 2019/2020 – Studie ( last viewed June 10, 2020)
  2. Expodatabase; “Jetzt wird es richtig ernst“ Jedes zweite Unternehmen geht unter  ( last viewed June 10, 2020)
  3. Börse ARD; Coronavirus: Wer unter der Krise richtig leidet ( last viewed June 10, 2020)
  4. German Convention Bureau (GBC); Deutscher Business Event-Markt im Wandel (last viewed June 10, 2020)
  5. Springer Professional;  Corona-Krise lähmt auch die Messebranche  ( last viewed June 10, 2020)
  6. EventCrisis; Mehr Menschlichkeit mit Meetings  ( last viewed June 10, 2020)
  7. Szenariographiken: Europäisches Institut für TagungsWirtschaft GmbH (EITW); Auswirkungen Corona-Virus (last viewed June 10, 2020)

 

参考

横浜市では、市内企業・団体等の皆様にお役立ていただくため、感染が世界的な拡大の兆しを見せた2020(令和2)年2月から、フランクフルト、上海、ムンバイ、ニューヨークに所在する4つの事務所が、それぞれの所在地域における新型コロナウイルス感染症に関する情報を独自に収集し、神奈川新聞及び各事務所のウェブサイトで発信してきました。

そのような、まさに現地に駐在している職員だからこそ可能な、現地における市民生活への影響、経済活動の動向、感染症対策などに関する情報発信は約1年間に渡り、57件を数えました。このたび、それらを「コロナ禍の世界 記録集」として一冊にまとめ、改めてお届けします。

コロナ禍の世界 記録集(2020~2021年)27.57MB

 

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