新型コロナウイルスの感染がニューヨークで初めて確認されてから1年が経つ。2021年2月18日に、感染拡大期当時の政策立案の内側について、ニューヨーク市の政策法務の実務者による話を聞く機会があった。この機会は、ニューヨーク市市長室国際担当主催の「COVID-19パンデミック対処への政策立案(Utilizing Policymaking to Address the Challenges of the COVID-19 Pandemic)」をテーマとしたオンライン・セミナーである。このセミナーでは、パンデミック下で最も影響を受けたニューヨークのコミュニティの格差への対応をしながら実施した感染抑制のための政策決定プロセスの状況について登壇者から共有された。横浜市米州事務所では、これまで、パンデミック下のニューヨークにおける新型コロナウイルスへの対応について複数回レポートしてきたが、州知事や市長の記者会見、そして新聞やTV報道などの情報をもとにしたレポートであった。今回のレポートでは、パンデミック下の政策立案においてニューヨーク市の政策法務の実務者(責任者)がどのような問題に直面し、いかに解決したのかの一端を、オンライン・セミナーでの登壇者の発言をもとにお届けする。
パンデミックと政策①:ニューヨークの政策法務
市長室法務部は小さな目立たないチームであったが、COVID-19パンデミックによって、市長からの行政命令の発令等の政策で表に出ざる負えなくなった。今までは行政、立法、司法が独立してそれぞれを担っていたが、パンデミックのため、市政府の機関のみならず、ニューヨーク州政府と連邦政府の各機関の対応と首尾一貫しているか政策の確認が必要となった。また、大都市のパンデミック対策として市長の役割が拡大した。市長による記者会見が毎日あり、その上、世界の注目を集めたニューヨーク州知事の記者会見も毎日開かれた。市のメッセージとの整合性の調節、州や連邦の政策、法律に則っているかの確認等、パンデミック初期の日々はあまりに目まぐるしかった。多くの市職員は在宅勤務に変わり、電話、メール、ビデオチャット等を使いスムースに仕事ができたのは、IT部署のサポートのおかげであり、また、今までの役所での良い人間関係のおかげでもあった。しかし、(パネリストのLongani氏(法務担当)は)パンデミック中も関係者と連携するため実際に会って政策会議をするなど、行政サービスが途切れる事が無いよう、毎日外に出て、四六時中仕事をする必要があった。行政命令の検討と発令の際には、あらゆる部署から全ての情報が法務部を通る。把握、処理そして内外部への明確なコミュニケーションが必要だった。そして、行政命令の検討にあたって、常に念頭に置くのは発展及び維持可能であること、さらに公平であることだ。
パンデミックと政策②:公平性と安全性のバランスを取った行政命令の決断
例えば、学校閉鎖と在宅教育の決断においては、児童・生徒とその家族、先生と学校職員の安全が第一であった。また、パンデミック下で市内で働き続くエッセンシャルワーカ―家庭の保育の問題や貧困市民への食事供給といった問題も考慮しなければならない。学校閉鎖で苦しむのは、インターネットへのアクセスやラップトップ/タブレットが無い貧困家庭の児童や生徒であった。このような子どもたちがいる中で、いかに公平に学校閉鎖、在宅教育の決断を出来るかが重要であった。不公平のままにしていると貧困市民とのギャップが深まるので、それを防ぐためにも素早く対処し、公平性と安全性のバランスを取った行政命令の決断が必要であった。パンデミックの中心地となり、まだデータが十分でない時期、ニューヨークの政策に世界中の視線が集まり、その上、ニューヨーク州知事とニューヨーク市長の発言・決定等の食い違いなど、住民に大きな困惑を与えた時期もあった。コミュニケーションの面で、様々な困難もあった。例えば、学校再開の際、ウェブサイトで公表のみならず生徒全員に手紙を郵送し、それらを10か国語に翻訳、Q&A欄を作成したうえ、貧困児童の家族や英語を理解しない移民の家族等、出来る限り公平に情報が行き渡る努力をした。また、学校閉鎖をめぐって、州知事と市長とのどちらに決断の権力があるかといった意見の食い違いなど、大困惑が生じた時期もあり、州政府及び市政府から統一したメッセージを住民に送るのに他の機関との再確認を強いられた。
パンデミックと政策③:誰を守るための発令であるか
新型コロナウイルス感染拡大期の州政府と市政府との間の権力争いから学ぶべきことがある。ワクチン接種、用量配布に関しても連邦政府運営、州政府運営、そして市運営の場所がニューヨーク内にあり、誰がどこから承諾を得なければいけないかが難しいところである。ハリケーンの様な他の災害は地域独特の対処をするが、コロナ感染の場合、全国全世界に影響が及ぶ。そのため市長室法務部が公に向き合う役割を担う事になる。2020年3月から6月の期間は、市の50近くある部局のみならず、州・連邦の省庁間との連絡調整の困難を経験した。発令を何処の機関がどの様に実施しているか、また行政命令に従わない場合、どのような措置を取るか市長室法務部が決断しなければいけなかった。誰を守るための発令であるかを念頭に入れ、ツイッター、フェイスブック、記者会見、ウェブサイト、ポッドキャストなどを使い、いかに市が安全を重視した上で発令の措置を講じ、問題に対してどの様に対処しているかを市民に伝達することを心掛けた。例えば、店内飲食禁止令の際、一番苦しんだのはニューヨークのレストランだった。飲食業界を救うため、屋外席飲食(Pop-up Shed Outdoor Seating)の許可を出すため、道路局、交通局、消防局、都市整備局、建築局、健康福祉局、環境局、文化環境局など35の法律や規制を踏まえ組織の意見を取り入れ、英語が達者ではない移民の飲食店オーナーや、弁護士や建築家を雇えないオーナーにも簡単に許可申請書が出せる仕組みにするための工夫をした。例えば、手書きの計画を携帯電話で写真に撮り、書類と共に提出することも認めた。また、規則を破る飲食店へのオーナーにいかに対処するか、厳しく規制するか、それともこれを機にオーナーに住民への安全を教育するか、苦しむ飲食店を救うための政策であるのに厳しい処罰をしたら元も子もない。COVID-19パンデミックの課題に対処するための政策立案においては、リスクが無いとは必ずしも言えない決断をする事もあった。住民と政府はコロナ危機に適応しなければならず、個々の考え方を変え一緒に働くようになっていった。
【参考】COVID-19パンデミック対処への政策立案(Utilizing Policymaking to Address the Challenges of the COVID-19 Pandemic)(※)
主催者:ニューヨーク市長室国際担当(NYC Mayor’s Office for International Affairs)
日時: 2021年2月18日(木) 10:00am -11:00am (EST)
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- 開会あいさつ:
Penny Abeywardena, Commissioner for International Affairs - パネルディスカッション:
Sarah Friedman, General Counsel, City of New York) (モデレーター)
Kapil Longani, Counsel to the Mayor of New York City
Alexis Blane, Principal Deputy Counsel to the Mayor of New York City - モロッコ王国ラバト市の市長より地方自治体の考察
Mohamed Sadiki モロッコ王国ラバト市 市長
Oneika Pryce 市長室国際担当(Strategic Relationships Associate) (モデレーター) - 閉会の挨拶:
Penny Abeywardena, ニューヨーク市国際担当コミッショナー(Commissioner for International Affairs)
- 開会あいさつ:
(※)本レポートでは、「パネルディスカッション」での議論のみを取り上げた。
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参考
横浜市では、市内企業・団体等の皆様にお役立ていただくため、感染が世界的な拡大の兆しを見せた2020(令和2)年2月から、フランクフルト、上海、ムンバイ、ニューヨークに所在する4つの事務所が、それぞれの所在地域における新型コロナウイルス感染症に関する情報を独自に収集し、神奈川新聞及び各事務所のウェブサイトで発信してきました。
そのような、まさに現地に駐在している職員だからこそ可能な、現地における市民生活への影響、経済活動の動向、感染症対策などに関する情報発信は約1年間に渡り、57件を数えました。このたび、それらを「コロナ禍の世界 記録集」として一冊にまとめ、改めてお届けします。
コロナ禍の世界 記録集(2020~2021年)27.57MB