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米国気候テックイベントとスタートアップの興隆

執筆者 | 2023年1月3日

2022年、米国では、気候変動を解決するための技術(以下、気候テック)に関する、実に多彩なイベントが開催された。米国にはシリコンバレーに代表されるように、人材が集まり、新興企業(以下、スタートアップ)が次々と誕生しては淘汰され、その中でイノベーションが創発されるエコシステムが都市や地域に存在する。地域によっては、特定の分野・領域においてユニークで強力なエコシステムが発展している事例が見られ、サンフランシスコ・ベイエリア、ボストン、ニューヨークといった都市・地域には、気候テックの領域で、スタートアップのエコシステムが存在し投資を呼び込んでいる。そこで、本稿では、2022年に、これらの地域で開催された主なイベントを振り返りながら、注目のスタートアップや気候テック・エコシステムの一端を紹介する。

米国気候テックイベント①:Climate Week NYC 2022 (ニューヨーク)

2022年9月19日から21日、国際NGOのクライメート・グループ(Climate Group)が主催するクライメート・ウィークNYC が、ニューヨークで開催された。同イベントには企業、アカデミア、政府機関、非営利組織のリーダー達が集まり、気候変動に対するイニシアティブとソリューションが議論された。

気候テックの実用化と市場拡大には、開発・製造コスト面の課題が大きく、政府による大胆な政策が必要とされている。米国では、2022年8月、向こう10年間で気候変動対策に3700億ドル規模を投資するインフレ抑制法(通称IRA法)が成立し、今後の技術革新と競争力強化を後押しすることが期待されている。IRA法の成立は、本イベントも含め、2022年、米国で開催されたあらゆる気候テック・イベントで必ずと言ってよいほど話題となった。

Climate Week NYC 2022のメイン・セッションの一つThe Hub Live “Accelerating the transition to clean energy and a green economy”では、ホワイトハウスからAndrew Mayock, Federal Chief Sustainability OfficerやCOP26プレジデントのAlok Sharma氏が登壇し、IRA法のインパクトを含め、ネットゼロへの移行に必要な環境を整えるための障壁、解決策、政策ニーズについて議論された。

米国気候テックイベント②:Urban Future Summit 2022 (ニューヨーク)

10月20日、ニューヨークの気候テック・イノベーション・ハブ「アーバン・フューチャー・ラボ(Urban Future Lab」が主催するUrban Future Prize Competitionの受賞発表イベント「Urban Future Summit 2022」が開催され、会場は、アーバン・フューチャー・ラボのコミュニティ関係者で埋め尽くされた。今年のサミットでは、2022年のファイナリストと優勝者の発表と共に、過去6年間の受賞者とファイナリストからの近況の発表もあった。

今回受賞したOlokun Minerals(排かん水から貴重な金属やミネラルを抽出する技術を開発)と、LimeLoop(再利用可能なパッケージとセンサーを組み合わせ、小売業者のスマート配送プラットフォームを構築)の2社には、それぞれ50,000ドルのキャッシュと、アーバン・フューチャー・ラボのインキュベーター・プログラムACRE Incubatorへの参加権利が贈られた。アーバン・フューチャー・ラボの主要プログラムの一つであるACRE Incubatorは、2009年にスタートし、これまで、日本企業からも注目を集めるBlocPower(独自のソフトウェアで既存建築物の省エネ化をサポート)やEcolectro(高性能ポリマーの開発による燃料電池の低コスト化)など、多くの有望スタートアップを輩出してきた。今回受賞した2社も今後の成長が期待される。

米国気候テックイベントとスタートアップの興隆

米国気候テックイベント③:VERGE 22 (サンノゼ)

10月25日から27日にかけて、気候メディア・イベント会社「GreenBiz Group」主催のVERGE 22(於:サンノゼ)には、全米、海外から数千人の気候テックイノベーターやリーダー達が集まった。気候危機に立ち向かう第一人者たちによる基調講演の他、スタートアップ展示会場には、衛星画像やドローンによって森林の状態をモニタリングする技術を利用した炭素除去クレジット・マーケットプレースを提供するPachamaや、あらゆるプラスチック廃棄物を高度な建築材料にリサイクルするByFusionなど、数多くの米国の気候テック・スタートアップの出展が見られ、多くの来場者でにぎわった。

気候テックイベント④:Cleantech Open The 2022 Global Forum (サンノゼ)

VERGE 22と同じ期間に、世界最大規模の気候テック専門アクセラレーター「クリーンテック・オープン(Cleantech Open」によるThe 2022 Global Forumが併催された。同フォーラムでは、クリーンテック・オープンが主催するピッチ・コンペティションの準決勝と決勝が行われ、地域予選を勝ち抜いた18社によるピッチが披露された。26日には、6社による決勝が行われ、Renegade Plastics(PVCプラスチックに代わる無毒でリサイクル可能なファブリック・ソリューションを提供)が優勝に輝いた。なお、クリーンテック・オープンの発表によると、コンペティションには、クリーンテック・オープンの2022年アクセラレーター・プログラム参加企業91社の中から77社が参加した。

クリーンテック・オープンは、米国における気候テック・スタートアップ支援の草分け的なアクセラレーターで、創設以来17年間で1,900人を超える起業家を支援してきた。米国各地の支援機関との連携も強く、クリーンテック・オープンの卒業生が、ニューヨークのアーバン・フューチャー・ラボ(Urban Future Lab)やボストンのグリーンタウン・ラボ(Greentown Labs)に入居するというケースも多く見られる。

米国気候テックイベントとスタートアップの興隆

気候テックイベント⑤:2022 SOSV Climate Tech Summit (オンライン)

10月25日と26日、10年以上に渡り気候テックへの投資を行っているベンチャーキャピタルSOSVが主催する世界最大級の気候テック・イベント「SOSV Climate Tech Summit」がオンラインで開催された。SOSVの発表よると、88か国から6,700人以上の登録があったという。セッションには、再生可能エネルギーの貯蔵システムを開発しユニコーンに成長を遂げているForm Energyや東海岸を中心に家庭用地中熱冷暖房システムを展開するDandelion Energyなど、厳選された米国の気候テック・スタートアップやベンチャーキャピタルが登壇した。

2日間に渡る豊富なコンテンツもさることながら、SOSVの新拠点も注目したい。オンラインのイベントであったが、主催者メッセージが収録された会場は、2022年にニューアーク(ニュージャージー州)に開設されたHAX(ハックス)の新拠点だった。HAXはSOSVが主催するハードウェア・スタートアップ向けのプログラムだ。さらに、今回のイベントの中で、SOSVのライフサイエンス・プログラム「IndieBio(インディバイオ)」の新拠点がマンハッタンに開設間近であることが発表された。いずれのプログラムも気候テック領域で多くのスタートアップを採択している。これら2つの新拠点は、ニューヨークとニュージャージーの境にあるハドソン川を挟んで30-40分の距離にある。新たなテック・ハブがニューヨーク/ニュージャージーに誕生することにより、ニューヨーク地域の気候テック・エコシステムが強化され、同分野でさらなるイノベーションが起こることを予感させる。

米国気候テックイベント⑥:Greentown Labs Climatetech Summit 2022 (ボストン)

11月2日と3日、米国最大級の気候テック・インキュベーター「グリーンタウン・ラボ(Greentown Labs」が主催するClimate Summit 2022がヒューストン(2日)とボストン(3日)で開催され、会場は、地域の気候テック・コミュニティ関係者、スポンサー企業、投資家など参加者の熱気に包まれた。グリーンタウン・ラボに入って目に映るのは、メインステージ脇のスポンサー・ボードだ。ボードにはPanasonic, HONDA, Mitsubishi Chemical Holdings, SUMITOMO CHEMICAL AMERICA, INC., Sumitomo Corporation of Americas, FUJIFILM, Mitsubishi Corporation (Americas), Mitsubishi Heavy Industries, OSAKA GAS, Sanyo Chemical, TAKENAKAといった多くの日系企業が名を連ねる。

午前のプログラムは、パネルディスカッションやスタートアップによるピッチだ。3日にボストンで行われたピッチには、一般市民が気候変動対策プロジェクトに投資できるプラットフォームを開発するRaise Green、温室・屋内農業向けのAIモニタリング・プラットフォームを開発するAdaViv、二酸化炭素の回収技術を開発するMantelなど、15社が登壇した。午後のプログラムの入居企業によるショーケース(展示)では、参加者はラボ・スペースを回り、入居するグリーンタウン・ラボのメンバーによる自社技術の紹介に耳を傾けていた。マサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学発の技術も多く、グリーンタウン・ラボのメンバーの中からユニコーン企業(Form Energy)も誕生している。入居企業のプロフィールを調べると、今回のイベントの熱気具合も、日本企業も含め、企業や投資家がグリーンタウン・ラボのメンバーに熱い視線を注ぐのもうなずける。

米国気候テックイベントとスタートアップの興隆

米国気候テックイベント⑦:The Earthshot Prize Awards Boston 2022 (ボストン)

12月4日には、革新的な技術やイニシアティブを称える世界的なアワード「アースショット賞(The Earthshot Prize)」の授賞式がボストンで行われた。アースショット賞は、指定された世界各地の推薦団体が革新的な技術やイニシアティブをノミネートし、本部審査員によって受賞者が決定される、という方式をとっている。今回、5つのカテゴリーの一つ、気候部門「FIX OUR CLIMATE」では、日本に拠点を置く推薦団体PDIEグループによってノミネートされたスタートアップ、44.01(フォーティ・フォー・ゼロ・ワン)が受賞した。44.01は、かんらん岩の中に二酸化炭素を鉱物化して永久に除去する技術を開発している。昨年、同部門で受賞したEnapter(グリーン水素による水電解水素製造装置を開発)もPDIEグループからのノミネートだ。

気候変動の解決には、技術革新と共に人々の意識や行動の変容が必要不可欠だが、そのためにメディアの役割は欠かせない。2021年に英国のウイリアムズ王子によって立ち上げられたアースショット賞は、プロモーションにも力が入っており、世界のメディアから注目を集めている。アースショット賞2022では、ジョン・F・ケネディ図書財団、英国のBBCニュース、米国公共放送サービスPBSなどをパートナーに、キャロライン・ケネディ大使やデビット・ベッカムなど多数のセレブが出演したセレモニーの模様が、英国や米国などで全国放送された。

米国気候テックイベント⑧:多様な気候テック・サポーター(ニューヨーク)

その他、ニューヨークだけを見ても、地域の気候テック関係者の集まるイベントが頻繁に開催されている。9月22日に開催された、ニューヨークのハードウェア・コミュニティのミートアップ「NY Hardware Meetup: Climate Edition」には、ハードウェア・スタートアップ向けのインキュベーション施設Newlabを会場に400名を越える起業家が集まった。10月6日には、カナダ総領事館主催による米国・カナダのスタートアップのピッチコンテスト「ClimateTech Innovation Showcase」が開催された。どちらのイベントも、ニューヨークのハードウェア・気候テック・アクセラレーター「フォー・クライメートテック(For ClimateTech」によってサポートされていた。他にも、ニューヨークを代表するアクセラレーター「Entrepreneur Roundtable Accelerator (ERA)」による「Climate Founders Pitch Night(10月10日)」やコーネルテックで開催された「SCNY Urban Tech Summit at Cornell Tech(10月24日、25日)」、アーバンテック・アクセラレーター「アーバン・エックス(Urban-X」主催の「A Night on Climate Innovation , Collaboration, and Action(12月2日)」など、気候テックに関連するイベントが後を立たない。これらの顔ぶれからも、ニューヨークの気候テック・スタートアップがいかに多様なサポーターによって支えられているかが分かる。

米国気候テックイベントとスタートアップの興隆

気候テック・スタートアップの興隆

日本においても、気候テック分野への注目は近年急激に上昇している。気候変動をテーマとするイベントも目立つようになってきた。横浜市米州事務所では、2020年頃から気候テック関連の地域エコシステムやスタートアップに着目し始め、2021年2月に、世界のスタートアップを横浜・日本に紹介するイベント「グローバル・サステナビリティ・スタートアップ・ピッチ」を実施した。Verge22に出展したByfusionや2021年にThe Earthshot Prize Awardsを受賞したEnapterは、グローバル・サステナビリティ・スタートアップ・ピッチでも紹介した企業の一つだ。2022年10月には、同イベントへの登壇企業の一つ、カナダの地熱技術開発企業「Eavor(エバー)社」と中部電力が株式引受契約の締結を発表するなど、気候テック分野での日本企業と海外スタートアップとの連携事例も目立つようになってきた。

日本のスタートアップ・シーンに注目している米国投資家も存在する。ニューヨークのアクセラレーター「ERA」及びベンチャーキャピタル「Remarkable Ventures」の共同創設者であるMurat Aktihanoglu氏は、2023年2月に東京で初めて開催されるスタートアップ・イベント「City-Tech.Tokyo」に参加することが決まっている。米国では気候テックの領域でもすでに多くのユニコーン企業が誕生しているが、気候テックに限らず日本は資金調達の規模で米国にかなわないのが現状だ。親日の米国投資家へのアクセスは、日本のスタートアップにとってグローバル展開への入り口の一つになるかもしれない。

一方で、米国における気候テック・イベントは、最近始まったものばかりではない。クリーンテック・オープン(Cleantech Open)の創設は2005年、ニューヨークのアーバン・フューチャー・ラボ(Urban Future Lab)は2009年、ボストンのグリーンタウン・ラボ(Greentown Labs)は2011年だ。かつてクリーンテック・バブルが崩壊した後も、このような支援機関がスタートアップを支え続け、投資家や協力者とのネットワークを育み続けてきた結果が、今日の強靭な気候テック・エコシステムと気候テック・スタートアップの興隆に繋がっている。世界的な気候変動への危機感と共に気候テックへの期待も高まり続けるだろう。2023年も、世界をリードする米国の気候テック・イベントから目が離せない。

【本稿で取り上げた主な米国の気候テック・イベント】

開催日 イベント名(開催地)
9月19日から21日 Climate Week NYC 2022 (ニューヨーク)
10月20日 Urban Future Summit 2022 (ニューヨーク)
10月25日から27日 VERGE 22 (サンノゼ)
10月25日から27日 Cleantech Open: The 2022 Global Forum (サンノゼ)
10月25日、26日 2022 SOSV Climate Tech Summit (オンライン)
11月3日 Greentown Labs Climatetech Summit 2022 (ボストン)
12月4日 The Earthshot Prize Awards Boston 2022 (ボストン)

【本稿で取り上げた気候テック・スタートアップ】

企業名 開発技術
Olokun Minerals 排かん水から貴重な金属やミネラルを抽出する技術
LimeLoop 小売業者のスマート配送プラットフォーム
BlocPower 独自のソフトウェアで既存建築物の省エネ化サポート
Ecolectro 高性能ポリマーの開発による燃料電池の低コスト化
Pachama 炭素除去クレジット・マーケットプレース
ByFusion あらゆるプラスチック廃棄物を高度な建築材料にリサイクル
Renegade Plastics PVCプラスチックに代わる無毒でリサイクル可能なファブリック・ソリューション
Form Energy 再生可能エネルギーの貯蔵システム
Dandelion Energy 家庭用地中熱冷暖房システム
Raise Green 一般市民が気候変動対策プロジェクトに投資できるプラットフォーム
AdaViv 温室・屋内農業向けのAIモニタリング・プラットフォーム
Mantel 溶融塩を利用した二酸化炭素の回収新技術
44.01 かんらん岩の中に二酸化炭素を鉱物化して永久に除去する技術
Enapter グリーン水素による水電解水素製造装置
Eavor 新たな地熱発電技術によるグリーン発電システム

執筆者:横浜市米州事務所 谷澤 寿和

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