北米特集記事

ボストンの気候テックエコシステム①:ユニコーン企業ケーススタディ

執筆者 | 2022年11月29日 | 特集記事, 脱炭素政策

ボストン大都市圏(1)には、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)やハーバード大学(Harvard University)といった著名な研究大学が拠点を構えており、民間企業や連邦リソースも集まっている。気候分野においても、調査会社Saoradh Enterprise Partners(SEP)の2021年全米クリーンテック・イノベーションハブ(The 2021 Cleantech Innovation Hubs Survey)ランキングでボストンは、ベイエリアに次いで2位につける等、全国有数の都市として確立しており、ボストンの気候テック・エコシステムが発展していることが伺える(2)。

本稿では、ボストンの気候テック関連のユニコーン企業(3)のなかから、①ボストン地域にあるベンチャーキャピタルからの支援を基盤に成長を遂げたアグリテック開発企業Indigo Ag、②今や出身大学における研究開発を促進させる原動力にもなっている核融合技術開発企業Commonwealth Fusion Systems(CFS)、➂ボストンを代表するクリーンテック・インキュベーターとも関わりのある先進エネルギー貯蔵技術開発企業Form Energyの3社を紹介する。3社はいずれもボストン地域やMITのイノベーション・エコシステムを活用して成長した企業である。Indigo Agはボストンから世界に環境保全型農業を拡げるべく取り組んでいる。また、Commonwealth Fusion SystemsとForm Energyは、事業の世界展開と並び、ボストンの気候テック・エコシステムをさらに発展させていることでも特徴的な企業である。

ボストンの気候テック・エコシステムから誕生したユニコーン企業

Indigo Ag

ボストンに本社を構えるIndigo Agは、MITで医用生体工学博士号を取得し、現在は同社で最高イノベーション責任者(CIO)を務めるGeoffrey von Maltzahn氏らが2014年に立ち上げた(旧名はSymbiota)(4)。同社は、ケンブリッジのバイオ技術・サステナビリティ系ベンチャーキャピタルであるFlagship Ventures(現Flagship Pioneering)のインキュベーターであるVentureLabsから誕生しており、2014年11月にはFlagship VenturesからシリーズAラウンドで750万ドルを得ている。Indigo Agの使命は、サステイナブルな農業を支援するソリューションの開発であり、微生物技術を活用した種子の販売や、環境に配慮した栽培方法に基づき価格が決定する穀物専用マーケットプレイス、農地に貯留した炭素や農業において削減できた炭素排出量に応じて炭素クレジットを支払うプログラム等を提供している(5)。Indigo Agの炭素クレジットプログラムは、土壌の炭素貯留量の拡大に投資する「環境保全型農業」の促進を目標としており、このような農法で貯留された炭素を、北米カーボン市場の公平性維持を使命とする環境保護団体Climate Action Reserveによる第三者認証を受けた排出権として買い取り、それを炭素クレジット購入を通じた企業価値向上を目指す民間企業に販売するという仕組みになっている。プログラムは2022年半ばに開始されており、僅か数週間で約2万トン分の炭素クレジットが購入されている。同社の炭素クレジットを購入した民間企業には、金融大手のJPMorgan ChaseBarclays、アパレル大手The North等が挙げられる(6)。

Indigo Agは、2020年8月のシリーズFラウンドで3億6,000万ドルを調達し、累計調達額は12億ドル、評価額は35億ドルに達している(7)。同社は2022年6月には、米食品大手Tyson Foodsの元最高経営責任者(CEO)で、Googleの親会社Alphabet傘下の研究機関「X」のリーダーシップーチームでサステナブルフードやロボット工学等の先進技術研究を率いた経歴を持つDean Banks氏を理事に迎える等、気候テック分野の優れた人材を揃えて事業強化を進めている(8)。MIT出身の創業者がマサチューセッツ州のベンチャーキャピタルなどから支援を受けながら成長させた同社は、まさに、ボストンの気候テック・エコシステムを支えるスタートアップの一社と言える。

 

Commonwealth Fusion Systems(CFS)

ボストン北西の大学都市ケンブリッジに拠点を置くCommonwealth Fusion Systemsは、気候変動対策として全く新しいクリーンエネルギー源が必要であるという信念に基づき、プラズマ(高温のイオンと自由に動く電子からなる荷電ガス)と呼ばれる状態で起きる核融合の実用化を目指している(9)。同社は、2018年にマサチューセッツ工科大学(MIT)の核融合研究プログラムからスピンアウトしており、同じく2018年にはMITのエネルギー関連の産学官連携イニシアチブであるMIT Energy Initiativeとも提携し、産学官パートナーとの核融合の共同研究を進めている(10)。2021年9月には核融合の実用化に必要不可欠な技術とされる、強力な高温超伝導電磁石の実証試験を成功させ、2021年12月、シリーズBラウンドで核融合技術への民間投資として過去最高額となる18億ドルを調達した。同ラウンドを率いたのはニューヨークに本社を構えるベンチャーキャピタル大手Tiger Global Managementであり、新たに参加した投資家には、Microsoft創設者のBill Gates氏、Google、天才投資家として著名なGeorge Soros氏のSoros Fund Management等が含まれている。同社はこの資金を基に、マサチューセッツ州デベンズにおけるフルスケール核融合実証炉「SPARC」の収納施設の建設及び2025年の稼働を目指しており、2030年には初めてのARC(11)核融合発電所の操業を構想している(12)。この大型調達を受け、同社の評価額は40億ドルと試算されている(13)。

Commonwealth Fusion Systemsは2022年7月、連邦エネルギー省(DOE)の核融合エネルギーイノベーションネットワークプログラム(INFUSE)から、DOEの国立研究所や研究大学との核融合エネルギー共同開発プロジェクトに選定されたと発表した。同社は、カリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego)とMIT、オークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Laboratory)とともに、SPARCやARCの実用化に向けた設計や部品の開発で協働する(14)。また、Commonwealth Fusion Systemsは同月、英国原子力公社(UKAEA)と、気候変動対策としての核融合エネルギー実用化加速に向けた5か年の技術開発パットナーシップの締結を発表している(15)。MITのスピンアウトである同社は、ボストンの気候テック・エコシステムにおいてMITの存在感を象徴する事例と言える。

 

Form Energy

ボストン北西の都市サマービルに拠点を置くForm Energyは、再生可能エネルギー移行の促進に向けて低コストながら長時間エネルギーが貯蔵できるシステムを開発するために、電気自動車(Electric Vehicle:EV)最大手Teslaの定置型エネルギー貯蔵部門の元幹部であるMateo Jaramillo氏(現在はForm Energyの最高経営責任者)や、MITの材質科学・工学教授であるYet-Ming Chiang氏(Form Energyでは最高技術責任者)らが2017年に設立した(16)。同社の手掛ける鉄空気電池(iron-air battery)システムは、既存のエネルギー貯蔵システムの放電時間が数時間であるのに対し、最大で100時間という長時間の放電が可能であり、20ドル以下/キロワット時という低コストで大量充電できるのが特徴である(17)。同社は、オランダの鉄鋼大手ArcelorMittalや、Bill Gates氏が創立したクリーン技術ファンドBreakthrough Energy Ventures(BEV)、テクノロジー系投資運用会社Coatue等から、2021年8月にシリーズDラウンドで2億4,000万ドルを調達したほか(18)、2022年10月には、同じくArcelorMittalやBEV、Coatue等からシリーズEラウンドで4億5,000万ドルを集めている(19)。Form Energyの評価額は2021年8月時点で12億ドルに達しており、累計調達額は2022年11月時点で8億ドルを超えている(20)。

Form Energyは、同じくサマービルを拠点とし、ボストンの気候テック・エコシステムを象徴する北米最大規模のクリーンテックインキュベーター「グリーンタウン・ラボ(Greentown Labs)」のメンバーであり、Form Energyの政策・規制部門バイスプレジデントであるNidhi Thakar氏は、グリーンタウン・ラボの理事を務めている(21)。グリーンタウン・ラボは、一般的なラボスペースが高額すぎて利用できないMIT出身のクリーンテックスタートアップ数社が2011年に、ケンブリッジの空き倉庫をプロトタイプ製造施設として利用したことが発足の背景となっており、その後口コミで数多くのクリーンテックスタートアップが参加し、技術やノウハウを共有する場として定着した。グリーンタウン・ラボは、2017年12月にサマービル内のさらに大きなキャンパスへと移転し、プロトタイプ製造施設、ラボスペース、シェアドオフィス、機械工場、電子工学研究所といった幅広い設備を提供するようになった。グリーンタウン・ラボは2021年9月にテキサス州ヒューストンにも新しいキャンパス「グリーンタウン・ヒューストン」を開設し、現在はサマービルとあわせて200社以上のメンバーを抱えている(22)。

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参考記事

出典

  1. マサチューセッツ州の大都市圏の一つで、本稿ではボストン・ケンブリッジ・ニュートン都市圏を指す。
  2. https://www.prnewswire.com/news-releases/new-report-ranks-the-top-40-us-cleantech-hubs-301404148.html
  3. 評価額が10億ドル以上で設立10年以内の非上場企業のこと。
  4. https://www.indigoag.com/team/geoffrey-von-maltzahn; https://www.crunchbase.com/organization/indigoag
  5. https://www.indigoag.com/solutions; https://www.indigoag.com/about; https://www.indigoag.com/carbon
  6. https://www.cnbc.com/2022/07/11/farmers-are-making-thousands-of-dollars-from-carbon-credits.html
  7. https://www.cnbc.com/2020/08/03/indigo-ag-raises-360-million-adds-moderna-ceo-to-board.html; https://www.crunchbase.com/organization/indigoag/company_financials
  8. https://www.indigoag.com/pages/news/indigo-appoints-dean-banks-former-tyson-foods-and-google-executive-to-board-of-directors
  9. https://cfs.energy/company/our-mission
  10. https://news.mit.edu/2018/mit-newly-formed-company-launch-novel-approach-fusion-power-0309
  11. MITの研究チームが考案した核融合反応器であり、安価(affordable)、頑丈(robust)、コンパクト(compact)の頭文字をとったもの。
  12. https://cfs.energy/news-and-media/commonwealth-fusion-systems-closes-1-8-billion-series-b-round
  13. https://www.holoniq.com/climatetech-unicorns
  14. https://cfs.energy/news-and-media/cfs-wins-four-new-infuse-awards
  15. https://cfs.energy/news-and-media/commonwealth-fusion-systems-and-united-kingdom-atomic
  16. https://formenergy.com/team/; https://www.crunchbase.com/organization/form-energy
  17. https://formenergy.com/technology/battery-technology/; https://www.cnbc.com/2021/08/25/form-energy-raises-240-million-on-iron-air-battery-promise.html
  18. https://www.cnbc.com/2021/08/25/form-energy-raises-240-million-on-iron-air-battery-promise.html
  19. https://formenergy.com/form-energy-announces-450m-series-e-financing/
  20. https://www.axios.com/2022/10/05/form-energy-450-million-to-extend-battery-storage; https://www.crunchbase.com/organization/form-energy
  21. https://greentownlabs.com/members/form-energy/; https://greentownlabs.com/board-of-directors/
  22. https://greentownlabs.com/about/history/

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