北米特集記事

サンフランシスコ・ベイエリア:脱炭素政策

執筆者 | 2022年8月31日 | 特集記事, 脱炭素政策

サンフランシスコ市政府は早くから「環境正義」を柱の一つに掲げ、継続的に脱炭素政策に取り組んできた。「環境正義」について、米国環境保護庁(EPA)は「環境関連の法規制や政策の策定、実施、施行に関して、人種や肌の色、国籍や所得に関係なく、すべての人々が公平に扱われ、有意義に関与すること」と説明している(1)。米国では「環境正義」への関心は高く、バイデン大統領は2021年7月20日、経済的に不利な立場にあるコミュニティの経済的機会を促進するイニシアチブ「Justice40」を大統領令として発表している(2)

サンフランシスコ市における継続的な脱炭素政策

サンフランシスコ市政府における脱炭素政策は、サンフランシスコ気候変動実行計画(CAP)に基づき、歴代市長の下で継続的に取組まれてきた。具体的には、サンフランシスコ市は2004年、全米市長会における気候保護協定へのコミットメントの一環として、当時同市長だったギャビン・ニューサム(Gavin Newsom、市長就任期間:2004-2011年)現カリフォルニア州知事の下、最初のCAPを発表した(3)。2013年にはエドウィン・マー・リー(Edwin Lee、2011-2017年)前市長の下、CAPの更新版として「気候行動戦略」が出されている。そして、2021年12月、ロンドン・ブリード市長(London Breed:2018年-現在)の下、最新版CAP(4)がサンフランシスコ市環境局により発表されている(5)。

こうした市政府の継続的な脱炭素政策や、市民・企業を含むステークホルダーの取り組みを通じて、サンフランシスコ市は温暖化対策に対して一定の成果を出している。2021年版CAPによれば、クリーンな電力供給やエネルギー効率の改善等を通じて、同市の温室効果ガスの排出量は2019年時点で1991年比41%削減した(6)。一方で、同市の経済活動も成長を続け、2019年の市内総生産(GDP)は1991年比で199%増加、人口も22%増加した。

 

「環境正義」コミットメントと2040年ネットゼロ目標

サンフランシスコ市の脱炭素政策計画CAPでは「環境正義」が重視されており、アフリカ系アメリカ人、先住民、その他の有色人種(Black, Indigenous, and People of Color:BIPOC)を優先的に保護する必要があると捉えている。その背景として、これらの人々は、気候変動の原因に対して最も責任が少ないにもかかわらず、猛暑によるストレス、洪水被害、住居・食料に対する不安などに対して最も脆弱な層であると説明している(2021年版)。また、人種別にデータを分析すると、雇用、健康、家計、教育、住宅、移動、犯罪などに関するあらゆる社会的指標から格差の状況は明らかであり、今日の気候変動は、こうした格差を悪化させる原因となることから、排出量削減のための戦略においては格差の緩和や逆転を視野にいれて設計する必要があるとしている。

こうした考えに基づき、同政府は2021年版CAPにおいて、「環境正義」の実現に向け、①人種的・社会的な公平性の確立、②公共衛生の保護、③コミュニティのレジリエンス強化、④公平な経済の促進という4つのコミットメントを実現しながら、以下2つの目標達成を目指すと打ち出している(7)。

    • 2040年までに、温室効果ガスの排出量を1991年レベルの90%減となるネットゼロにする。
    • 中間目標として、2030年までに温室効果ガスの排出量を1991年レベルの61%に削減する。

 

2021年CAPの対象6セクターにおける目標と実行計画

サンフランシスコ市政府は2021年版CAPの目標達成に向け、気候変動及び環境正義の観点から、その対象をエネルギー供給(ES)、建物運営(BO)、運輸及び土地利用(TLU)、住宅(H)、責任のある生産・消費(RPC)、健全なエコシステム(HE)という6つのセクターに分類し、ステークホルダーからの意見等を取り入れて具体的な戦略を様々なサポーティングアクションとして提言している(8)。2021年CAPの対象セクターにおける目標と実行計画の概要は以下の通り(9)。

 

サンフランシスコ市の脱炭素政策①: エネルギー供給(ES)

エネルギー供給分野の目標は、2025年までに電力の100%を再生可能エネルギーに移行し、2040年までに化石燃料を廃止しネットゼロを実現することである。この目標達成に向けた実行計画は以下の5つである。

    • ES 1:住民とビジネスに向け100%再生可能エネルギーで賄われた電力を供給する。
    • ES 2:ローカルの再生可能エネルギー及びエネルギーレジリエンス関連プロジェクトに投資する。
    • ES 3:信頼性が高く柔軟性に富んだ未来のグリッドを設計・開発する。
    • ES 4:クリーンエネルギー資源の供給を行える人材開発を行う。
    • ES 5:市の天然ガス発電システムを廃止する。

 

サンフランシスコ市の脱炭素政策②: 建物運営(BO)

建物運営分野の目標は、新規建物で使用される化石燃料の排出量ゼロを2021年に義務化し、2035年までに既存の大型ビルで使用される化石燃料の排出量ゼロを義務化することである。実行計画には以下の4つが挙げられている。

    • BO 1:化石燃料を排出しない建物を新築する。
    • BO 2:既存のビルで使用される化石燃料の排出量をゼロにするために、各ビルの所有者やシステムにあわせたソリューションを開発する。
    • BO 3:経済的に恵まれない労働者に的を絞り、ビルの脱炭素化に取り組む労働者層を拡大する。
    • BO 4:温室効果ガスの排出が少ない冷媒の採用に移行する。

 

サンフランシスコ市の脱炭素政策③: 運輸及び土地利用(TLU)

運輸及び土地利用分野の目標は、2030年までに全ての移動手段の80%を、徒歩、自転車、公共交通機関、電気自動車(EV)シェア等、低炭素なモードに移行する一方で、ガソリン車の数を減らし、2040年までに自家用車の使用全般を減らすとともに、使用する自家用車のEV化率100%を目指すことである。実行計画は以下の7つにわけられる。

    • TLU 1:市民が好んで利用するような速く信頼性の高い交通システムを構築する。
    • TLU 2:自動車での移動から、徒歩、自転車、その他の交通手段に切り替え易い交通ネットワークを開発する。
    • TLU 3:使用する炭素の減少やエネルギー効率性の向上を反映させたモビリティの料金や融資形態を開発する。
    • TLU 4:市内の駐車場関連の規則や管理体制の効率化を図る。
    • TLU 5:交通システム周辺の雇用拡大や住宅その他の開発を促進する。
    • TLU 6:店舗やサービス、アメニティ等が密接し、多様性に富んだコミュニティ(近隣)づくりを強化する。
    • TLU 7:自動車での移動が必要な場所について、ゼロエミッション車(ZEV)及びその他の電化車両の導入を加速させる。

 

サンフランシスコ市の脱炭素政策④: 住宅(H)

住宅分野の目標は、交通機関周辺での小型分譲住宅建設を拡大し、(低中所得者向け)アフォーダブル住宅を少なくとも3割を含む住宅を年間最低5,000軒建設することとなっている。実行計画は以下の4つである。

    • H1:経済的理由等でサンフランシスコから離れたBIPOC層を、手頃な価格の住宅建設や支援プログラム等で再度市に迎え入れる。
    • H2:既存住宅の修復・保全を通じて貧困層を支援する。
    • H3:住宅が密集していない地域における小中規模家族や労働者向けの住宅の新設拡大を促進する都市計画を実施・改善する。
    • H4:低中所得世帯向けの公的住宅の建設を拡大する。

 

サンフランシスコ市の脱炭素政策⑤: 責任のある生産・消費(RPC)

責任ある生産・消費分野の目標は、2030年までに固形廃棄物の排出量を2015年比で15%以上削減し、固形廃棄物の焼却と埋め立て廃棄量全体を2015年比で50%以上削減する一方で、消費者には環境に優しい植物豊富な食事(プラントリッチ・ダイエット)を奨励することである。実行計画は以下の4つとなっている。

    • RPC 1:建物及びその他のインフラセクターにおける脱炭素化を推進する。
    • RPC 2:環境に優しい食事の推奨や貧しいコミュニティへの余剰食品の寄付を通じて食品セクターにおける炭素排出量を削減する。
    • RPC 3:物品や素材の削減、再使用、修復、回収を促進する。
    • RPC 4:航空セクターでの温室効果ガスの排出を削減する。

 

サンフランシスコ市の脱炭素政策⑥: 健全なエコシステム(HE)

健全なエコシステム分野の目標は、都市における樹冠、グリーンインフラ、コンポスト(堆肥化)の利用拡大を通じた炭素排出の削減である。実行計画には以下の7つが提示されている。

    • HE 1:市政府全体が協力して炭素を隔離し生物多様性を保全する気候変動対策を策定する。
    • HE 2:先住民科学や伝統的な生態学的理解を優先した自然ベースの気候変動対策の確立に向け、全てのコミュニティによる公正な参加を推進する。
    • HE 3:公園や自然、未開拓の広い土地を修復・改善する。
    • HE 4:市の森林システムの管理体制を最適化する。
    • HE 5:公共の場における植樹を最大限に活用する。
    • HE 6:市の縁化と生物多様性を最大化する。
    • HE 7:農場における炭素隔離試験プロジェクト及び研究を行う。

北米最新特集記事

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

横浜市は都市づくりの経験・ノウハウと企業の技術を活用し、新興国等の都市課題解決の支援と企業の海外展開支援を目的とした「横浜の資源・技術を活用した公民連携による国際技術協力(Y-PORT事業)」に取り組んでいます。 本稿では、タイ・バンコク都との都市間連携を特集します。...

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークでは、州全体のクリーンエネルギー推進や気候テックスタートアップ支援において、州によって設立された公益法人ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)が大きな役割を果たしている。また、ボストンで重層的な気候テック支援環境が見られるように、ニューヨークにおいてもNYSERDAだけでな...

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨーク市政府は、気候変動の危機に対応するグローバルリーダーとなることを目指し、脱炭素政策に取り組んでいる。ニューヨークの脱炭素に向けた取り組みの中で気候テック・エコシステムにかかる代表的なイニシアチブが、ニューヨーク市マンハッタンに属するガバナーズ島の気候ソリューションセンター(Center...

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

前項まで、ボストンの気候テック・エコシステムの主要なハブとして、グリーンタウン・ラボ、MIT、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センターを取り上げてきたが、ボストンを中心にマサチューセッツ州内には、気候テック・スタートアップを支えるまだまだ多くの支援機関やプログラムが存在する。【インキュベータ...

ボストンの気候テックエコシステム④:気候テックの実証促進「マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター」

ボストンの気候テックエコシステム④:気候テックの実証促進「マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター」

気候テックの多くは、商用化までに長い年月を要するため、民間投資のみで成長させることが難しく、公的な支援が必要とされている。ボストンの気候テックへの政府系支援で大きな役割を担っているのが、準公的機関であるマサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター(MassCEC)である。[1]...

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

2024年2月13日(火)、市内企業の興栄商事株式会社が「タイにおける電気・電子機器廃棄物のITAD事業及びリサイクル事業に関する説明会」をホリデイインバンコクスクンビットセミナー会場開催しました。...