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ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

執筆者 | 2023年1月23日

前項まで、ボストンの気候テック・エコシステムの主要なハブとして、グリーンタウン・ラボ、MIT、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センターを取り上げてきたが、ボストンを中心にマサチューセッツ州内には、気候テック・スタートアップを支えるまだまだ多くの支援機関やプログラムが存在する。

【インキュベーター】

機関/プログラム名 概要 グリーンタウン・ラボとの関係

マスロボティクス

(MassRobotics)

2015年設立のハードウェア専門のインキュベーター。パートナー企業との連携プログラムもある。 グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業のうち、3社がマスロボティクスに入居中。[1]
ノース・ショア・イノベンチャーズ(North Shore InnoVentures) 2008年設立の技術系のインキュベーター。教育プログラム「North Star Programming」も提供。 グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業のうち、3社がNSIV入居中/過去に入居。[2]

【アクセラレーター】

機関/プログラム名 概要 グリーンタウン・ラボとの関係

アクティベート・ボストン

(Activate Boston)

2015年ベイエリアで設立。2020年ボストンに拡大。ハードウェア技術の商業化を目指す科学者プログラム。 グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業のうち6社がアクティベート参加経験。[3]

クリーンテック・オープン・ノースイースト

(Cleantech Open Northeast)

2005年設立の世界最大の気候アクセラレーターの北東部門。Northeast Clean Energy Councilが運営 グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業のうち、30社以上が同プログラムに参加経験。[4]

リーディング・シティ

(Leading Cities)

2008年設立のグローバル非営利組織。スマートシティ・アクセラレーター「AcceliCITY」を主催。 グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業のうち、8社がAcceliCITYに参加経験。[5]

マスチャレンジ

(MassChallenge)

2009年設立の非営利アクセラレーター。パートナー企業との連携プログラムもある。 グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業のうち30社以上がマスチャレンジに参加経験。[6]

シー・アヘッド

(SeaAhead)

2018年設立の海洋分野専門のアクセラレーター。エンジェル投資家グループ「Blue Angels」も率いる。 グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業のうち1社がシー・アヘッドから支援。[7]

テックスターズ・ボストン

(Techstars Boston)

2006年にコロラド州ボルダーで設立されたアクセラレーター。2009年ボストンでプログラム開始。 グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業のうち7社がテックスターズ・ボストン参加経験。[8]

TiEボストン

(TiE Boston)

1997年設立の起業家による起業家支援組織。アクセラレーター・プログラム「TiE ScaleUP」を主催。 グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業のうち、1社がTiE ScaleUpの参加経験。[9]

ベンチャーウェル

(VentureWell)

1995年設立の非営利の科学技術イノベーター支援組織。アクセラレーター「ASPIRE」、「E-Team」を主催。 グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業のうち2社が、ベンチャーウェルから投資。[10]

さらに、州内のプログラムや資金獲得機会に加え、多くの気候テック・スタートアップは、州外からの資金やプログラムを多く活用している。

【グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業が採択された主な州外の機関からの支援】[11]

助成金 米国エネルギー省 (United States Department of Energy)
助成金 米国国立科学財団 (National Science Foundation)
大手アクセラレーター Yコンビネーター (Y Combinator)
大手アクセラレーター テックスターズ (Techstars)
大手アクセラレーター 500グローバル (500 Global)
大手アクセラレーター アルケミスト・アクセラレーター (Alchemist Accelerator)
大手アクセラレーター SOSVハックス (SOSV HAX)
大手アクセラレーター SOSV インディバイオ (SOSV IndieBio)
近隣州プログラム(NY) エイカー (ACRE at Urban Future Lab)
近隣州プログラム(NY) アーバン・エックス (URBAN-X)
近隣州プログラム(NY) フォー・クライメート・テック (For ClimateTech)

 

気候変動技術の領域は、プロトタイプや概念実証の期間が長く、実用化や収益化のリスクが高いため、資金ギャップも起こりやすい。資金を出す側は出資判断のため、支援をする側は適切な助言のために高いレベルで科学的知見が求められる。このようなギャップを埋めるためには、重層的で専門性の高い支援のパイプラインが必要となる。

この点、ボストン地域をはじめ、マサチューセッツ州には、大学での起業支援、ウェットラボを備えたインキュベーション施設、研究開発段階での助成金機会、科学者向けのアクセラレーター・プログラムなど専門性の高い支援機会が数多く存在し、大学内や大学の周辺に気候テック・スタートアップへの支援環境が発展している。また、大学以外でも、グリーンタウン・ラボやマサチューセッツ・エネルギー・センターなどの支援機関一つ一つが、気候テック・スタートアップとスタートアップを支える多様なプレーヤーとのハブとなり、コミュニティを形成している。

さらに、グリーンタウン・ラボのメンバーと周辺の大学や支援機関との結びつきの例示から示唆されるように、これら組織間の相互補完的な関係によって、ボストン地域全体で、気候テック・スタートアップが生まれ育つ環境が出来上がっていると考えられる。加えて、このようなボストンの好環境を享受する起業家は、本人とチームの能力が高まることで、州外からのさらなる資金獲得や州外のプログラム採択の確度も高まり、また、新規技術やシナジーを探しに集まってくる大企業との連携可能性も高まる。これらの相互作用が相乗効果となり、強靭な気候テック・エコシステムが構築されているのだろう。

2022年11月、グリーンタウン・ラボを拠点とし、超断熱の窓を開発しているAeroShield(エアロシールド)がシードラウンドの完了を発表した。ボストンの気候テック・エコシステムがどのように機能しているか、また、どのタイミングでどのような支援が必要とされているかの一例として、AeroShieldの起業からシードラウンド完了までの足跡を紹介する。

ケーススタディ:AeroShield

(概要)

  • グリーンタウン・ラボ・メンバーのAeroShieldは、MITで開発されたシリカエアロゲルの技術を応用した超断熱ガラス板を製造している。[12]
  • AeroShieldによると、現在、トリプルガラスは、コストが高いこと、重量と厚みに対する懸念、フレームと美観の選択肢が少ないことから、米国での採用率は5%未満である。AeroShieldの素材を窓の内側に3mm入れることで、ペアガラスの厚さと重さでトリプルガラスと同等かそれ以上の性能を実現できる。[13]
  • 現在、同社の研究開発は、住宅の窓やドアに集中しており、14インチ(56cm)×20インチ(50.8cm)のプロトタイプを製造している。国立研究所で素材の性能と耐久性の実証試験を実施している。[14]
  • 2022年11月21日、初期スラムテストに成功したことを発表した。[15]

(成長プロセス)

  • AeroShieldは、MITで機械工学の修士・博士号を取得したStrobach博士の6年にわたる研究成果(世界で最も透明なシリカエアロゲル)を商品化するため、2019年に設立された。[16]
  • MIT在学中、MIT Deshpandeセンター、MITサンドボックス、MITベンチャー・メンタリング・サービスの支援を受け、AeroShieldを立ち上げた2019年に、MITクリーン・エネルギー賞、クリーンテック・オープン、マスチャレンジといった大学内外の様々なプログラムに参加した。[17]
  • 2020年は、グリーンタウン・ラボへの入居と共に、アクティベート・ボストンやベンチャーウェル「E-Team」に採択され、MIT卒業生のためのシード・キャピタル「77」からの資金やマサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター(MassCEC)からの助成金を獲得した。[18]
  • 2021年は、ベンチャーウェル「ASPIRE」やグリーンタウン・ラボの「The Healthy Buildings Challenge」プログラムに採択され、並行して、国立科学財団、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター、エネルギー省から合計で100万ドルを超える助成金を獲得した。[19]
  • 2022年11月、AeroShieldはMassCECやマスベンチャーなどからの400万ドルのシードラウンドの完了を発表した。資金調達は、より大規模な実証製造施設の建設、チームの拡大、パートナーとの協力による実証プロジェクトでの最初の製品の市場投入に充てられる。[20]

気候テック・スタートアップのAeroShieldの事例から、起業と初期段階において、以下の点について実践されていることが分かる。

① 商業化を目指すにあたっての大学からのサポート、

② アクセラレーターやインキュベーターからのソフト・ハードのリソース獲得、

③ 助成金など非希釈性の資金獲得

これら重層的な支援パイプラインは、この数年で出来上がったものではない、という点も重要である。例えば、MITベンチャー・メンタリング・サービスは2000年、クリーンテック・オープンは2005年、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センターは2009年、グリーンタウン・ラボは2011年に設立された。各機関が10年以上に渡り、同分野にリソースを投入し続けた結果が、今日のボストン地域の気候テック・スタートアップ・エコシステムと成っている。

ライフサイエンス領域では、かつてマサチューセッツ州は10年で10億ドルを拠出する計画[21]を立て、世界随一のライフサイエンス・エコシステムの形成に成功した。気候変動も同様に、適切な政策介入が期待される領域であり、地域エコシステムという観点からも、重層的支援の必要性からも、政府のみならず、地方自治体や地域のアンカー機関の役割も大きい。ボストン地域の事例を踏まえると、特に、気候テック人材を輩出する大学をエコシステムの中心に据え、行政を始めとした複数の主要機関の継続的なコミットメントと10年スパンでの大胆かつ計画的な投資を実行することが、気候テック領域での地域エコシステム形成の前提条件であると考えられるだろう。

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