北米特集記事

ボストン:脱炭素政策

執筆者 | 2022年10月28日 | 特集記事, 脱炭素政策

ボストン市政府は、炭素排出量を2005年レベル比で2030年までに50%減、2050年までに100%減のカーボンニュートラルを実現するという目標に向けて、建物のエネルギー効率向上や炭素排出基準の策定、交通インフラ整備やクリーンな交通手段への移行推進、再生可能エネルギーの供給拡大、カーボンフリーなコミュニティの確立といった脱炭素戦略を推し進めている。そこで、本稿では、ボストン市の気候変動実行計画を基に、ボストンの脱炭素政策を見ていく。

 

2050年のカーボンニュートラルを目指すボストン脱炭素政策

マーティ・ウォルシュ前ボストン市長(Marty Walsh(1))は2019年10月、2019年気候変動実行計画(CLIMATE ACTION PLAN 2019 UPDATE(2))を発表した。この実行計画は、気候変動目標と具体的なボストンの脱炭素政策やプログラムを公開するために2007年に初めて発行したもので、その後2011年、2014年、2019年に情報を更新している(3)。2019年版では、2050年のカーボンニュートラル達成に向け、エネルギー効率アップによる省エネ、稼働に化石燃料を必要としてきたほぼ全ての物のエネルギー転換、100%カーボンフリーの電力購入といった政策が提示された。こうした長期的な目標の達成に向け、2020年から2024年までのボストンの脱炭素政策として、①建物、②運輸、③エネルギー供給、④カーボンフリーコミュニティという4つの分野について、以下の18の戦略が掲げられている(4)。

 

 

ボストン市2019年気候変動実行計画の分野別脱炭素戦略

分野 概要
建物 オンサイト及びオフサイトの再生可能エネルギーを使用し、化石燃料を排出しないゼロネットカーボン(ZNC)基準を導入し、これに基づき市庁舎を新設する。
ボストン市内の公営住宅(affordable housing)向けのZNC基準を導入する。
化石燃料を排出するオンサイト設備を使用せず、再生可能エネルギーを使用するオンサイト設備もしくはオフサイトから再生可能エネルギーを調達するZNC基準に準拠するように、グリーンビル土地区画要件を強化する。
市庁舎のエネルギー効率化及び再生エネルギー発電システムに投資する。
特定のサイズを上回る既存の大型ビルについて、炭素排出量を段階的に削減する炭素排出パフォーマンス基準を策定する。
ビル脱炭素化関連の人材育成プログラムを拡大する。2050年までにカーボンニュートラル実現というボストン市の目標に沿うように、マサチューセッツ州のビル建設要件の強化を求める。
運輸 交通サービスが十分に行き届いていない地域での新しい交通プロジェクトや低所得層向け交通料金の設定、新しいバス優先レーンの敷設等、経済発展や大気の質や生活の質の改善につながる、都市交通計画において優先度の高いプロジェクトを支持し、前進させる。
自転車歩行者道や駐輪場の整備等の交通インフラの改善・拡大を通じて、徒歩や自転車での移動「アクティブ・トランスポテーション」を推進する。
運転手一人だけで移動する自動車の数を減らすために、カープールやバイクシェアの奨励、交通パスの提供や駐車場を利用しない人に現金を支給するインセンティブ等で、クリーンな交通手段へのモードシフトを促進する。
市全体における排ガスゼロ車(ZEV)の導入を促進する。
市政府の車両のZEV化及び低排ガス車化を促進する。
エネルギー供給 再生可能エネルギーの利用拡大に向け、市民のかわりに自治体が電力を一括購入するコミュニティ・チョイス・エネルギー(CCE)プログラムを施行・拡充する。
再生可能エネルギー及びその他の高効率でクリーンな発電システム、熱エネルギー貯蔵システム、地熱エネルギーシステム、コジェネレーションシステム等で地域をつなぐカーボンニュートラルなマイクログリッドの導入を計画する。
ボストン市周辺の脱炭素化を推進し、クリーンな電力供給を確保するマサチューセッツ州の政策を支援する。
カーボンフリーコミュニティ 低炭素な製品・サービスや、素材の再利用や中古製品等の利用を奨励し、ボストン市民や事業者による消費側から見た炭素排出を削減する。
ESG投資(5)イニシアチブのパフォーマンス評価や環境配慮型調達(EPP)のガイドラインの策定等、ボストン市政府によるグリーンな投資を推進する。
2050年までに現在の90%の炭素排出削減が実現するも、残りの10%はコストや技術の観点から削減が難しいと試算されるなか、近隣の自治体と協力してカーボン・オフセット(6)に関する枠組みを策定する。

出典:2019年気候変動実行計画(CLIMATE ACTION PLAN 2019 UPDATE )(7)

 

 

各分野で着実に進歩をみせるボストン脱炭素政策

2021年3月に退任したウォルシュ氏に代わりミシェル・ウー氏(Michelle Wu)が市長となったボストン市政府は、2019年気候変動実行計画の進捗を、2021年10月に更新した気候変動実行計画2021年度レポート(CLIMATE ACTION Fiscal Year 2021 Report(8))で公開している。また、ボストンの脱炭素政策関連プログラムサイト(9)においても、2019年気候変動実行計画に基づいて導入されたプログラムが複数紹介されている。上述のボストンの脱炭素政策での5つの分野における主な成果を以下にまとめる(10)。

 

ボストン脱炭素政策の進捗①:建物

  • 市庁舎及び公営住宅向けのZNC基準を2019年に策定。
  • ボストン計画開発局(BPDA)が2020年にZNC基準に沿うよう土地区画要件を強化するためのZNCビル区画イニシアチブを発足(11)。
  • 既存の大型ビル向けの炭素排出パフォーマンス基準を策定。
  • 既存の大型ビル向けの新しい再生可能エネルギー・修繕金融メカニズムを策定。

 

ボストン脱炭素政策の進捗②:運輸

  • ZEV導入促進に向けた長期戦略「ZEVロードマップ(12)」を2020年11月に発表。
  • ボストン市の一部労働者に最大60ドル分のバス・地下鉄パスを提供するパイロットプロジェクトを実施(13)。
  • 地元電力会社や地域開発機構と連携し、低所得層向けの電気自動車シェアリングプログラム「Good2Go(14)」を導入。
  • ビル所有者、事業主及びボストン住民向けのEV充電ステーション設置の利点や手続き等に関するガイドを提供する啓蒙プログラム「リチャージ・ボストン」を導入(15)。

 

 ボストン脱炭素政策の進捗③:エネルギー供給

  • ボストン市民に再生可能エネルギーによる手頃な価格の電力を提供するCCEプログラムを導入。
  • ボストン市民の電気代から徴収した資金をエネルギー効率化のための取り組みに充当するイニシアチブ「リニュー・ボストン・トラスト」フェーズ1を実施。

 

ボストン脱炭素政策の進捗④:カーボンフリーコミュニティ

  • コミュニティにおける大気汚染削減及び公衆衛生向上を目的としたプロジェクトに投資するコミュニティ・クリーン・エア・グラント・プログラムを導入。
  • ボストン市民に対するボストンの脱炭素政策についての啓蒙活動や、関連規制策定プロセスについてのパブリックコメント募集を実施。

 

あわせて読みたい

 

ボストンの脱炭素政策参考ページ

 

出典

  1. 2021年3月22日をもって市長職を辞任し、翌23日にバイデン政権の労働長官に就任している。
  2. https://www.boston.gov/sites/default/files/embed/file/2019-10/city_of_boston_2019_climate_action_plan_update_4.pdf
  3. https://www.boston.gov/sites/default/files/file/2021/10/FY21%20Boston%20Climate%20Action%20Report_2.pdf
  4. https://www.boston.gov/sites/default/files/embed/file/2019-10/city_of_boston_2019_climate_action_plan_update_4.pdf
  5. 従来の財務情報だけではなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の要素も考慮した投資のこと。
  6. 削減しきれない温室効果ガスの排出について、排出の削減活動への投資や排出量をクレジットとして購入するといった方法で埋め合わせる考え方のこと。
  7. https://www.boston.gov/sites/default/files/embed/file/2019-10/city_of_boston_2019_climate_action_plan_update_4.pdf
  8. https://www.boston.gov/sites/default/files/file/2021/10/FY21%20Boston%20Climate%20Action%20Report_2.pdf
  9. https://www.boston.gov/environment-and-energy/reducing-emissions#programs
  10. 気候変動実行計画2021年度レポートについては、ボストン市環境局長の挨拶ページから主な成果を抜粋している。
  11. http://www.bostonplans.org/planning/planning-initiatives/zero-net-carbon-building-zoning-initiative
  12. https://www.boston.gov/sites/default/files/file/2020/10/Boston%20ZEV%20Roadmap_1.pdf
  13. https://www.masstransitmag.com/management/press-release/21249442/city-of-boston-results-from-boston-transportation-departments-main-streets-pilot-show-public-transit-subsidies-for-employees-increases-ridership-eases-financial-burdens
  14. https://good2go.zendesk.com/hc/en-us/articles/4505628992539-What-can-I-do-as-a-Good2Go-member-
  15. https://www.boston.gov/departments/transportation/recharge-boston-electric-vehicle-resources

北米最新特集記事

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

横浜市は都市づくりの経験・ノウハウと企業の技術を活用し、新興国等の都市課題解決の支援と企業の海外展開支援を目的とした「横浜の資源・技術を活用した公民連携による国際技術協力(Y-PORT事業)」に取り組んでいます。 本稿では、タイ・バンコク都との都市間連携を特集します。...

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークでは、州全体のクリーンエネルギー推進や気候テックスタートアップ支援において、州によって設立された公益法人ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)が大きな役割を果たしている。また、ボストンで重層的な気候テック支援環境が見られるように、ニューヨークにおいてもNYSERDAだけでな...

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨーク市政府は、気候変動の危機に対応するグローバルリーダーとなることを目指し、脱炭素政策に取り組んでいる。ニューヨークの脱炭素に向けた取り組みの中で気候テック・エコシステムにかかる代表的なイニシアチブが、ニューヨーク市マンハッタンに属するガバナーズ島の気候ソリューションセンター(Center...

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

前項まで、ボストンの気候テック・エコシステムの主要なハブとして、グリーンタウン・ラボ、MIT、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センターを取り上げてきたが、ボストンを中心にマサチューセッツ州内には、気候テック・スタートアップを支えるまだまだ多くの支援機関やプログラムが存在する。【インキュベータ...

ボストンの気候テックエコシステム④:気候テックの実証促進「マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター」

ボストンの気候テックエコシステム④:気候テックの実証促進「マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター」

気候テックの多くは、商用化までに長い年月を要するため、民間投資のみで成長させることが難しく、公的な支援が必要とされている。ボストンの気候テックへの政府系支援で大きな役割を担っているのが、準公的機関であるマサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター(MassCEC)である。[1]...

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

2024年2月13日(火)、市内企業の興栄商事株式会社が「タイにおける電気・電子機器廃棄物のITAD事業及びリサイクル事業に関する説明会」をホリデイインバンコクスクンビットセミナー会場開催しました。...