NYのハードウェア・スタートアップのニーズは何か、日本の製造業界のバリューは何か、いかに両者をつなぐことができるか、乗り越えなくてはならない課題は何か。ニューヨーク(以下、NY)のハードウェア・スタートアップと日本の製造業界の懸け橋として活動されている、FabFoundry, Inc.の創業者、関 信浩さんに、お話をうかがいました。
日本のモノづくりにはバリューがある
―関 信浩さんの活動についてお聞かせください。
NYに引っ越してきた5年くらい前に、ハードウェア・スタートアップは日本同様、米国でも苦戦していると知りました。そこでハードウェア・スタートアップ向けの支援方法をいろいろ考えました。まずNYのスタートアップにとって日本人のバリューは何か、彼らが抱えている課題は何かを知ることからはじめました。2008年の金融危機後、NYの日本人の数は3割も減っていて、スタートアップが日本人に会う機会はほとんどなかったそうです。
NYのスタートアップに勤める多くの人にとって、日本は食文化やエンタテインメントなどのカルチャー面で魅力があり、日本の製造業が提供する質が高い製品にも高い関心を持っています。でも実際に日本には行ったことはなく、日本人との触れ合いもほとんどない、という状況でした。当時からモノをつくるというと中国にアウトソーシングするのが一般的でしたが、中国というと安いがクオリティは低いと思われていました。そこでクオリティを高くして高く売りたいスタートアップは、中国以外でモノをつくれないかと考えていました。例えば、ヘルスケアやメディカルといった業界は、高品質の製品に対するニーズがあり、中国へのアウトソースに抵抗感を持つ人もいました。つまり、日本のモノづくりは、スタートアップに対してもバリューがあることが分かりました。
日本の製造業の人たちにNYのスタートアップを知ってもらうことが必要
そこで、NYのハードウェア・スタートアップへの支援を日本側で取り組める人を探すため、まずは私の出身である東京で、スタートアップ向けのものづくり支援をしている方たちにアクセスしましたが、興味を持ってくれたところは1社もありませんでした。そんな中、京都でハードウェア向けアクセラレータープログラムMakers Boot Campを運営するダルマテックラボ社が強い関心を示してくれたため、「出来ることから一緒にやってみよう」と2016年3月にパートナーシップを結びました。
とはいえ、スタートアップ向けに何ができるのかという疑問は、京都の製造業の方々も抱いていました。中には「NYにスタートアップがあるのか?」という反応もありました。日本人のスタートアップ像は、フェイスブックやグーグルといった、シリコンバレー発の世界有数の会社のイメージで、どのように協業するのかのイメージが持てていなかったように思います。これはもう、NYの生のスタートアップを京都の製造業の人たちに直接見せるしかないと思い、NYのいくつかのスタートアップに、京都のアクセラレータープログラムへの参加を募りました。Makers Boot Campは海外では無名でしたし、当時は投資機能もありませんでしたので、参加スタートアップには往復の旅費と京都での宿泊費を、当社とMakers Boot Campで折半し、ニューヨークのスタートアップ2社、5人に京都に6週間滞在してもらいました。それが2016年の夏です。京都の中堅製造業の集まりである京都試作ネットの人たちや京都のスタートアップのコミュニティの人たちが、NYの20代後半くらいの起業したてのスタートアップの人々と実際に触れ合い、スタートアップのニーズを直に感じてもらえるようになりました。
どうしたら、NYのスタートアップが日本に来るか?
しかし、費用をすべて持ってあげれば、日本に興味がある人は来てくれるけど、それがなければ、NYのスタートアップが日本の企業と協業する理由を、私たちはまだ明確化できていませんでした。京都側では「NYのスタートアップに投資をすれば、継続的に協業を働きかけることができるのではないか」と考え、VCファンドを立ち上げる計画が立ち上がりました。京都には部品メーカーなどが多いので、VCファンドの目的として、投資のリターンだけではなく、将来のお客さん候補を呼びこむという、地域経済の活性化という発想を取り入れたところ、京都銀行など京都内外の大企業の方々に賛同いただき、2017年4月に「MBC試作ファンド」が立ち上がり、最終的に20億円の出資をいただくことができました。
ハードウェアに特化したVCファンドは世界中を見渡しても、ほとんどありません。なので私たちは無名で実績もないVCでしたが、初期段階から数多くのスタートアップや、スタートアップを育てているアクセラレーターなどとネットワークが出来ました。日本の大手メーカーは米国でも有名ですが、スタートアップのモノづくりを担う受託業者が日本にあると考えているスタートアップは、ほとんどいませんでした。それが投資を始めると、投資を受けた人は、私たちを通じて、日本ではどのようなことが出来るのかを発注者の視点で真剣に見ることになります。日本から投資を受けたことで、日本との接点が持てるようになり、実際に日本での製造を検討する人が増えるわけです。実際にやってみると、うまくいった人、いかなかった人、いろいろ出てきますが、そういう人たちが次に続く人に対して、直接フィードバックしてくれます。こういうところが良かった、こういうところは良くなかったと、コミュニティの中で、自分の言葉で言ってくれるようになり、彼らの知り合いを通じてだんだんとつながりが増えていきました。最近では全然知らない方からも声がかかるようになりました。出資している会社はNYでまだ10社に満たない数ですが、その過程で出資には至らなくても日本での製造に興味を持つ人がでてきます。
日本の工場がNYスタートアップの製品を受注するまで
―日本での製造に結び付けていくにあたって、現在どのような段階にありますか。
そもそもスタートアップと仕事をしている日本の工場は多くありません。スタートアップに興味がない人はあまりいませんが、実際にスタートアップの案件を持っていくと、見送られてしまうことがほとんどです。スタートアップは注目されているからやってみたいし、そもそも何か新しいことをしなければマズいとも思っています。でも大手企業だったら、1回の案件で数百万円や数千万円になるのに、スタートアップが相手だと、数十万円にしかならないこともザラです。もし今、数十万円の案件をやっておけば、同じスタートアップから次に数千万円の注文があるかもしれませんが、;その期待だけで実際にやる人はあまりいません。Makers Boot Campのケースでは、京都試作ネットの当時の代表理事が、京都試作ネットのメンバー企業に、最初は儲からないかもしれないがやってみようじゃないかという話をし、何社かは儲からないことを承知でやってくれました。こうした経験を積んで、スタートアップの製品を徐々に受けることができるようになってきたところです。ここまで来るのに3年くらいかかっています。
スタートアップは、どうやったら量産できるかを知らない
―投資したスタートアップは、京都で試作・製造しますか。
京都で作るとは限りません。投資先には、日本のチームが知っているベンダーや工場を紹介しますが、スタートアップの作りたい製品に合わせて紹介します。ですので紹介先は京都に限りません。日本の他の地域のときもありますし、場合によっては海外の工場で作る場合もあります。私たちはスタートアップがうまく製品を作ることを第一の目的としており、そのためにはそのスタートアップの規模や、製品にあった製造パートナーを紹介することが重要と考えています。実際、多額の資金を集めることができても失敗するスタートアップの多くが、量産に失敗していることと関係しています。製造経験がないスタートアップからすると、どの工場に声をかければいいのか、全体でどのくらいの工程があって何をすればよいのか分かりません。資金調達するときは、3Dプリンターで作った試作品ですむかもしれません。しかし3Dプリンターで量産するわけにはいきません。組み立てラインは基本、手作業です。部品の調達もしなければならないし、お金を用意して、スケジュールを管理して、ということを全部仕切らなければいけません。これは未経験者には非常に難しく、多くのスタートアップは、こういうことをしなければいけないこと自体も知らないため、結果的に失敗することが多いのです。
日本の製造業への橋渡しは、投資のリスクヘッジ
モノをつくりたい企業にモノづくりのアドバイスをする投資家はアメリカにはいません。私たちは、日本のチームがモノづくりのアドバイスをすることで、ハードウェア・スタートアップへの投資リスクが軽減されると考えています。先ほど述べたように、ハードウェア・スタートアップの代表的な失敗理由は、モノづくりの失敗です。この部分で、日本の製造業で経験を積んだ人へ橋渡しすることで、投資先のスタートアップの失敗のリスクをヘッジするという考えた方です。
だからプロジェクトマネジメントが必要
―米国スタートアップと受注する日本側でコミュニケーションの問題はありませんか。
ここは日本の製造業と、米国のスタートアップを結ぶ上で、最大の課題です。そのためMakers Boot Campのエンジニアやプロジェクト・マネジャーが間に入ってプロジェクトマネジメントします。NYのスタートアップと日本の工場を直接つないでも、おそらく何も起きません。Makers Boot Campのプロジェクトマネジャーの役割は、日本語と英語の通訳ではなく、スタートアップが言っていることと、日本の製造業の言葉の意味を、お互いの言葉に翻訳することです。最初のころのプロジェクトでは、電話会議には通訳がいて、会議自体はちゃんと回っているように見えました。しかし、そのあと何も起きません。例えば、こんな感じです。会議の中で、スタートアップが日本側に提案書を依頼します。日本側もわかりましたと言います。アメリカ側は、どんなプロジェクトで、誰がかかわって、それでいくらになるかといった詳細な提案書がくると思って待っていますが、いつまでたっても提案書は届かず、私に連絡が来ます。そこで日本側に聞いてみると、すでに提案は送ってあるとのことです。間に入っている私たちが、双方に何度も聞いているうちに、日本側は1ページの見積書をスタートアップに送っていました。日本側は「提案は送った」といい、スタートアップ側は「提案は受けていない」ということです。このようなビジネスの習慣の違いも含めてどう埋めるか、それをちゃんとできるまでに随分と時間がかかります。
投資から2年超、やっと日本マーケットを見るようになってきた
―支援しているスタートアップの人たちは日本をどう見ているのでしょうか。製造の場としてしか見ていないのでしょうか。ゆくゆくは日本でのビジネスを考えているのでしょうか。
前提として日本を製造の国として見ている人は、アメリカにはほとんどいません。日本は、ものづくり大国と自称していますが、アメリカでものづくり大国はどこかと問えばみんな中国と答えるでしょう。その前提で私たちは活動しています。
また、私たちと付き合うようなスタートアップは日本に関心が高いため、日本でビジネスをしたいと考えています。ただアメリカの次に日本というのは、あまり経済合理性はないかと思います。
私自身は、スタートアップはアメリカである程度成功するまで他の国に進出するのは反対です。そもそも他国に進出しようと思ったらシリーズA、Bくらいの資金調達をするぐらいの規模まで成長しないといけないと思います。私たちが投資するのはプレシードくらいのスタートアップなので、シリーズAに進むまで2〜3年程度の時間はかかります。私たちが最初に投資した案件は2017年7月ですが、投資から2年少し経ち、ようやく日本をマーケットとして見るスタートアップが出てきました。最近はアメリカとの関係が悪化した中国のカントリーリスクが大きくなってきたので、今までより日本を選択肢に入れるスタートアップが増えています。
日本のスタートアップが、継続的に米国に来るようになってほしい
―ファンドを作ることで日本とのつながりを創出していることに戦略性を感じます。
私たち自身、これができたらいいなと思うのは、京都からスタートアップの人たちが定期的に、半年や1年、NYに来るようになることです。そのことによって人的つながりができます。単発ではなく、継続的でないと人的つながりはつくれません。私の場合、京都に連れて行った、NYのスタートアップの最初の5人のうちの1人が、今では私の代わりのスポークスパーソンになり、私たちのファンドを紹介してくれていますが、これは狙ってはできることではありません。京都のエコシステムでそれをやろうとしたら、やはり継続することが必要です。やればいいじゃないかと思いますが、なぜ出来ていないかというと、日本のスタートアップがまだ少ないということです。
普通だったら「日本だったらどうか」など聞かれない中で、聞かれることの意味
―ファンドの投資企業は、その結果、日本への関心が目に見えてきていますか。
投資先からに限らず、日本についての質問はNYでよく聞かれます。日本だったらいくらくらいか、などと聞かれることもあります。日本人である私を見たらイコール日本ということで、日本の話題を聞かれるのでしょう。それをもってNYのスタートアップが本当に日本に関心があるか、というと分かりません。しかし、日本だったらどうかなど思いもしない中で、私を見たら日本について聞くようになるわけで、そういう意味でいうと、私のような活動をいろんな人がやっていれば、その分、日本に関わりができる確率は上がると思います。そもそも知らなければ発注しません。その点では意味はあります。ベンチャー投資は基本的にマイナー投資なので、投資先であっても意思決定にはかかわれませんが、日本の情報を適切に、タイムリーに出すことの意味は出てきますので、長期的な視点でやっています。これは、横浜のブランド構築のための活動にも置き換えることができると思います。それができる人をアンバサダーとして置く価値はあるのではないでしょうか。
Nobuhiro Seki / 関 信浩
株式会社Darma Tech Labs 取締役 最高投資責任者、米FabFoundry 創業者、シックス・アパート株式会社 顧問などを務める。