北米COVID-19情報

COVID-19 Public Policies #2 ニューヨークはいかにして検査数を増やしたのか

執筆者 | 2020年5月14日

ニューヨーク州の新型コロナウイルス抑制策は、大きく三つの柱、①検査数を増やすこと、②人の密度を減らすこと、③医療システムの能力を強化すること、から成っていた。この中で、「検査」は抑制策の鍵であったとともに、社会経済再開に向けての鍵ともなっている。ニューヨークは、世界一のホットスポット(感染拡大地)であったのと同時に、人口当たりの検査数も他国と比べ圧倒的に多い。感染拡大のピークが過ぎ、下り坂になってからも、検査能力を拡大し続けている(5月12日時点)。ニューヨーク州及び市はいかにして新型コロナウイルスの検査能力を高めていったのか。

 

ニューヨークはいかに新型コロナウイルスの検査数を増やしたのか①:初期及び感染拡大期における検査

クオモ知事は、ニューヨーク州で一人目の新型コロナウイルス陽性者が確認される前から検査について手を打ち始めていた。2020年2月時点で、米国内における新型コロナウイルスの検体分析は、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が行っており、ニューヨーク州は検体をCDCまで送り、CDCでの検体分析結果を数日待たねばならなかった。そこで、ニューヨーク州は、州の研究施設で検査できるようにCDCに要請し、2月29日に、州立の衛生研究所(ワーズワースセンター)での検査が承認された。加えて、米国食品医薬品局(FDA)からも同州の検査キットが承認され、ワーズワースセンターで検査が開始されることとなった。

感染拡大初期段階で、最重要課題として力を注いだのが検査数の増加だった。初めての陽性者が出た翌日の3月2日には、ワーズワースセンターと州内の病院が提携し、一日1,000件まで検査能力を上げると発表された。次のステップは、民間研究所への検査施設の拡大と自動検査の導入だった。民間のノースウェル研究所では手動での検査が一日75件程度であるところ、一日数百件の検査が可能な自動検査のシステムを導入し、3月9日にCDCから承認された。3月13日、ニューヨーク州の公立及び民間の28の研究所で、手動、半自動、自動の検査を開始することがFDAに承認されたことで、ニューヨーク州の検査能力は飛躍的に増加した。(CDC、FDAの承認プロセスがスムーズであったわけではなく、この間クオモ知事は、承認プロセスの遅さを連日批判し、早急の承認を求め続けていた。)また、この日から、東海岸で初めてとなるドライブスルー検査が設置され、以降拡大されることとなった。これらのニューヨーク州における新型コロナウイルスの検査能力の拡大策により、一日の検査数が3月13日には1,000、3月19日には10,000を超えた。

クオモ知事は、可能な限り早く検査能力を上げ、検査数を増やすのは、より多くの検査をし、より多くの陽性者を確認・隔離することで、感染の拡大を抑制(感染拡大カーブを抑制)するためだということ繰り返し説明してきた。知事はまた、検査は、何人が感染しているかを知るためではなく、必要とする医療システムのキャパシティを決める入院率(陽性者の何人が入院するか)を知るために重要だともと語っている(3月12日クオモ知事記者会見)。

4月に入ると、一日の検査数が2万を超えるようになり、人口比で見た時の検査数は、他国と比べてもダントツとなった。

ニューヨークはいかに新型コロナウイルスの検査数を増やしたのか

4月10日 クオモ知事記者会見資料(人口当たり検査数の他国との比較)

 

ニューヨークはいかに新型コロナウイルスの検査数を増やしたのか②:検査対象の拡大

感染拡大初期、検査能力が限られていた頃の検査の優先順位は、(1) 濃厚接触者、(2)CDCが指定したレベル2及び3の国からの帰国者で症状のある人、(3)検疫・隔離中に症状が発生した人、(4)他のウイルス検査で陽性が出ていない重症患者、(5)医療専門家が必要と認める人、であった(3月6日クオモ知事記者会見)。検査能力だけでなく、病院のキャパシティにも限りがあったため、ニューヨーク市のデブラシオ市長からは、病院のキャパシティを維持するため、(子供が)発熱してもすぐには病院に行かず、3、4日たってそれでも症状が改善されない場合に初めて病院に連絡してほしい、というメッセージも出された(3月17日デブラシオ市長記者会見)。

その後、検査能力の拡大と感染の拡大とともに、検査対象も拡大されていくこととなる。ニューヨーク市は、4月1日から市の公営病院の全ての医療従事者を対象に無料検査を行うプログラムをスタートし、4月17日と20日には、被害の深刻な地区を中心に、既往症を持つ65歳以上を対象に、市の公営病院5か所で、予約なしで受けられる検査センターを開設した。また、4月22日には、40万人の市営住宅への入居者を対象とした無料の検査センターの開設が発表された。ニューヨーク州全体では、検査能力の向上に伴い、4月25日に、検査対象基準を拡大し、消防士、警察官など最前線で働く労働者、医師、看護師など医療従事者、公共交通機関、食料品関係などで働くエッセンシャル・ワーカーが新たな検査対象となった。

ニューヨーク市内では、低所得のコミュニティや黒人・ヒスパニック系のコミュニティでの感染拡大が深刻であり、市の健康病院公社(Health + Hospitals)や住宅局(NYCHA)の尽力で検査対象と検査センターを拡大させてきた。それでもなお、新規入院患者が住む21地域のうち、20地域は黒人やヒスパニック系の住民が、NY市の平均よりも多く住む地域であったことから、クオモ知事は、ニューヨーク市のイニシアティブに加えて、感染が多く起こっている地域で、主にマイノリティ・コミュニティの教会を中心に、24の検査センターを追加設置することを発表した(5月9日クオモ知事記者会見)。現在(5月12日時点)、これらの地域住民は、症状がなくても予約なしで無料検査を受けられるようになっており、検査センター数も拡大し続けている(5月12日デブラシオ市長記者会見)。

5月9日 クオモ知事記者会見資料(感染どの地域で起こっているかについてのスライド)

5月9日 クオモ知事記者会見資料(NY市周辺の検査ネットワークを示すスライド)

 

ニューヨークはいかに新型コロナウイルスの検査数を増やしたのか③:社会経済再開に向けての鍵

4月中旬に、ニューヨーク州における新型コロナウイルスの拡大がピークを迎え、新規感染者が減少し始めても、検査数は拡大しつづけ、4月14日には、検査数の累計は50万を超えた。それでもニューヨーク州の人口1900万人、社会人900万人からすると足りないと、クオモ知事は言う(4月16日記者会見)。感染拡大期において、抑制策の柱の一つであった検査数の増加は、社会経済活動を再開するための鍵としての新たな意味を持つようになった。

クオモ知事は、ニューヨーク州で新型コロナウイルスの検査数をさらに拡大するために、何が必要か、何がボトルネックとなっているかを、検査にかかるサプライチェーンを調べ上げることで解き明かそうとした。まず、検査機器は約30社のメーカー(大企業)によって製造されており、それらのメーカーは、検査機器を州内に数百か所ある研究所に販売する。検査を実施するためには、検査キットと試薬と呼ばれる化学薬品が必要となり、検査機器(メーカー)ごとに検査キット/試薬が異なる。そこで州内のトップ50の研究所にどうすれば検査数を2倍できるかを聞くと、試薬をもっと入手できれば、できると言う。検査機器メーカーに何故もっと試薬を提供しないのかを聞くと、2通りの答えが返ってくる。国内では作られておらず中国などから調達しているがこれ以上の調達ができないという答えか、配付先を連邦政府に規制されているという答えだ(4月18日記者会見)。メーカーはここまでの需要は想定しておらず、従来のサプライチェーンでは追いつかない。そこで、クオモ知事は、連邦政府の指揮と助けが必要であることを訴えた(4月21日記者会見)。

4月22日のクオモ知事の記者会見で、前日、大統領から、ニューヨーク州で可能な検査数を一日平均2万から4万に倍増することへの協力に同意が得られたと発表があった。4万件という目標値は、州管轄の数百の研究所が保有する検査機器の稼働率を最大にした場合の検査可能数だ。一日4万という検査数に向けて、4月25日には、州内に約5,000あるドラッグストアで検査を受けられるようにする行政命令に署名した。一日の検査数は3万を超える日も出てくるようになり、5月3日には、累計100万を超え、州人口当たりの検査比率は5.2%に達した。(トップ画像(5月4日 クオモ知事記者会見資料))。

ニューヨークはいかに新型コロナウイルスの検査数を増やしたのか

ニューヨーク州保健局公表データを基に筆者が編集※ ※4/24の検査数/日が突出して多い理由は不明

現在(5月12日時点)、ニューヨーク州・市は、社会経済活動再開に向けて、これまでの検査の拡大だけでなく、感染者の過去の行動の追跡(濃厚接触者の特定とフォローアップ)、及び、抗体検査の拡大を急ピッチで進めている。

ニューヨーク州は、新型コロナウイルスの抑制のため、①検査を増やすこと、②人の密度を減らすこと、③医療システムの能力を強化することを最重要政策としていた。これらの三つの政策は相互に密接につながっており、検査数を増やすことのみで成果が出るのではなく、全てが機能することで初めて抑制につながる政策であった。

次回に続く

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参考

横浜市では、市内企業・団体等の皆様にお役立ていただくため、感染が世界的な拡大の兆しを見せた2020(令和2)年2月から、フランクフルト、上海、ムンバイ、ニューヨークに所在する4つの事務所が、それぞれの所在地域における新型コロナウイルス感染症に関する情報を独自に収集し、神奈川新聞及び各事務所のウェブサイトで発信してきました。

そのような、まさに現地に駐在している職員だからこそ可能な、現地における市民生活への影響、経済活動の動向、感染症対策などに関する情報発信は約1年間に渡り、57件を数えました。このたび、それらを「コロナ禍の世界 記録集」として一冊にまとめ、改めてお届けします。

コロナ禍の世界 記録集(2020~2021年)27.57MB

 

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