北米特集記事

マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)後編

執筆者 | 2021年11月24日 | 大学スタートアップエコシステム, 特集記事

マサチューセッツ工科大学(MIT)は、前編で述べたように、充実したイノベーションエコシステムでスタートアップ企業や起業家を支援しているほか、そのエコシステムを活かし、地域や世界の課題に解決する取り組みにもつなげようとしている。以下、世界各国におけるイノベーションエコシステム構築をサポートするため、MITのノウハウを展開しようとしているプログラム「リージョナル・アントレプレナーシップ・アクセレレーション・プログラム(Regional Entrepreneurship Acceleration Program:REAP)」について紹介する。

世界各地のイノベーションエコシステム強化への貢献を目指すREAP

MITのREAPは、MITスローン経営大学院の国際プログラム室(MIT Sloan Office of International Programs)が運営する国際イニシアチブのひとつである。「イノベーション・ドリブンなアントレプレナーシップ(innovation-driven entrepreneurship:IDE)」を通じて、世界各地の経済成長と社会発展を促進することを目指している。同プログラムは2012年より開始されており、これまでに50を超える国・地域が参加してきた(1)。

REAPは、世界各国・地域の参加者を対象とした2年間の研修プログラムであり、毎年最大8チームが1つのコホート(Cohort)として選定されている(2)。参加資格は、各国・地域の政府、機関投資家、大学、起業家、企業という5分野の代表者によってチームが構成されていることと、チーム全体の代表者(Team Champion)及び参加費用(自己負担・スポンサー)が確保できていることが求められる(3)。また、MITが提供するレクチャーやワークショップに参加するために、英語力も必須とされる(4)。

MIT REAPプログラムへの参加が認められたチームには、2年間にわたり、MIT REAP担当教員によるワークショップ4回(うち3回はMITキャンパス、1回は各チームの出身国・地域で開催)、MIT REAP担当教員によるコーチング(ワークショップ時及びオンライン)、MIT REAP戦略の策定・実施のサポート、同一コホート内の他のMIT REAPチームとの連携支援、ワークショップにゲスト参加する各国・地域の政界や産業界関係者とのネットワーキング機会などが提供される。REAPワークショップでは、MIT REAPチームメンバー、コホート、MIT REAP担当教員・スタッフが共同で、当該国・地域におけるスタートアップ・起業エコシステムの評価、地域別戦略の策定、同一コホート内のMIT REAPチームと共有できるアジェンダや評価指標開発、最終成果の発表や、後続の新しいコホートとの会合等を行っている(5)。

世界各地のイノベーション創出や問題解決に貢献するREAPコホートの活動例

MIT REAPはこれまでに、2012年に開始されたコホート1(Cohort 1)から2018年に開始されたコホート6(Cohort 6)が完了している。2021年9月末現在、2019年に開始されたコホート7(Cohort 7)と、2020年に開始されたコホート8(Cohort 8)が活動中であり、各国・地域のMIT REAPチームがプロジェクトを進めている。また、MIT REAPウェブサイトのコホート情報によれば(6)、コホート1から8までで計56チームあり、国別チーム数を見ると、サウジアラビアと英国が最も多く、各4チームとなっており、これに各3チームのオーストラリア、スペインが続く。アジア太平洋地域では、オーストラリアに続き、日本も2チーム(東京都及び福岡市)参加しているほか、中国2、韓国1、シンガポール1、タイ1、台湾1、ニュージーランド1のチームも見られる。

なお、現在活動中のコホート7は、ナイジェリア、デンマーク、日本(福岡市)、サウジアラビア、台湾、コホート8は、コロンビア、サウジアラビア、エジプト、米国(ロサンゼルス郡)、英国、ブラジル、ベルギーの各地域・都市のチームが参加している(7)。

このうちコホート8を見てみると、これまでの参加数が最も多いサウジアラビアと英国から、それぞれ1チームが参加している。サウジアラビア最大の州である東部州(Eastern Province)を代表するチームは、石油への依存度を減らして経済の多角化を目指すサウジアラビア政府の戦略フレームワークであるサウジビジョン2030(Saudi Vision 2030)と並行して、イノベーションや起業の促進を通じた経済開発に焦点を置いている。同チームは、中小企業庁(Small and Medium Enterprises General Authority)、ファハド国王石油鉱物大学(King Fahd University of Petroleum & Minerals:KFUPM)、国営石油会社Saudi Aramco社の代表者らで構成されている(8)。一方、英国の北アイルランド(Northern Ireland)を代表するのは、地域経済開発局のInvest NI、北アイルランド経済省(Department for the Economy)、ベルファスト市評議会、ローカル大学等であり、スタートアップ企業や既存のローカル企業に働きかけ、起業活動の促進に注力している(9)。

また海外の都市・地域以外にも、米国チームの参加も見られる。例えば、コホート8にはカリフォルニア州ロサンゼルス郡のチームが参加している。郡内に88の市を擁し、米国で最も人口も多いロサンゼルス郡では、新型コロナウイルスのパンデミックに伴う職場や学校の閉鎖等の影響で、デジタル・デバイド(Digital Divide)問題が深刻化した。MIT REAPチームは、ロサンゼルス郡政府(Los Angeles County)、ロサンゼルス市政府(City of Los Angeles)、ロサンゼルス郡経済レジリエンシータスクフォース(Economic Resiliency Task Force)、南カリフォルニア大学(University of Southern California:USC)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles:UCLA)、民間の通信事業者、若者支援に特化したコミュニティや非営利団体と提携し、インターネットアクセスを群全体に平等に提供するための持続性のあるソリューションの開発を支援している(10)。

主要組織のリンク(アクセス:2021年10月19日)

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