ニューヨークでは、州全体のクリーンエネルギー推進や気候テックスタートアップ支援において、州によって設立された公益法人ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)が大きな役割を果たしている。また、ボストンで重層的な気候テック支援環境が見られるように、ニューヨークにおいてもNYSERDAだけでなく、インキュベーションやアクセラレータープログラムといった機能をもつ多様な支援機関が世界中の気候テックスタートアップを引き寄せ、気候テックの成長に貢献している。本稿では、NYSERDAによる気候テックスタートアップ支援を見ていき、最後にNYSERDAと深いかかわりのある、ニューヨークを代表する気候テック・ハブのアーバン・フューチャーラボ(Urban Future Lab)を紹介する。
ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)
ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)は、1975年にニューヨーク州によって設立された公益法人であり、州の運輸省や環境保全省のトップ(コミッショナー)、ニューヨーク州電力公社のCEOを含む13名の理事会によって運営されている。ニューヨーク州は、2019年に気候法(Climate Leadership and Community Protection Act(Climate Act))を策定し、2030年までに再生可能エネルギー70%、2040年までにゼロエミッション電力100%、温室効果ガス排出量を1990年比で2030年までに40%削減、2050年までに85%削減を目標としている。NYSERDAは、気候法の実施において重要な役割を担っており、①温室効果ガス排出削減、②再生可能エネルギー促進、③エネルギー効率と建物の脱炭素化、④クリーンエネルギー経済の構築、⑤弾力性のある分散型エネルギーシステムの構築を目標に、2023年3月時点で77のプログラムを実施・提供している。
NYSERDAのプログラムは、消費者から電力会社に支払われる費用の一部(クリーンエネルギー基金)、再生可能エネルギーのクレジット販売による収入(クリーンエネルギー基準)、地域炭素排出権市場でのオークション収入(地域温室効果ガスイニシアティブ)を主な財源に、その他、連邦補助金やニューヨーク州の予算などから資金調達されている。NYSERDAの2023年度予算はおよそ15億6千万ドルであり、気候テックスタートアップ支援を含む「市場開発・イノベーション&リサーチ」には、主にクリーンエネルギー基金からの歳入が充てられ、およそ3億8千ドルが投入されている。[1]
ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)の気候テックスタートアップ支援
NYSERDAは気候テックの研究段階から商業化までの道筋において必要不可欠な要素を、①資本、②人材、③市場・技術・製造、④ネットワークと定義し、各要素に応じた様々な支援策を講じている。主にシリーズB以前の気候テックスタートアップを対象に10年間で8億ドルを投下し、これまで、NYSERDAの支援によって450以上のクリーンエネルギー製品が商業化されている。以下では、NYSERDAによる主な気候テックスタートアップ支援策を紹介する。[1]
気候テックインキュベーター | NYSERDAは2009年から州内6つの気候テック関連インキュベーターを支援している。例えば支援インキュベーターの一つACRE Incubatorには、250万ドルの財政支援、ネットワーク協力、広報支援などを提供している。[2] 6つのインキュベーターは、これまで気候テックスタートアップ374社を支援し、クリーンエネルギー業界で1700人以上の雇用創出に貢献している。また、これらのスタートアップは民間および公的投資で18億5000万ドルを調達するなどし、数十種類の新しいクリーンエネルギー製品やソリューションを市場に投入している。[3] |
気候テックアクセラレーター | 2020年4月、NYSERDAは、気候テックアクセラレーター2機関との連携を発表した。[4] ①ローチェスター大学発のアクセラレーター「Next Corp」は、有望な研究・発明を商業化するスタートアップ企業の設立に重点を置いたアーリーステージ・プログラムを提供する。参加者は、技術検証を行い、商業化への次のステップであるインキュベーターなどでの企業設立のためのメンタリングやリソースを得ることができる。②ブルックリンを拠点とするNEX-NYは、世界中の革新的な成長段階のエネルギー企業を対象に、事業開発と企業提携を支援する。参加企業は、ニューヨークでの成長を加速させるために、的を絞った技術サポートと市場に関する見識を得ることができる。 |
アントレプレナーズ・イン・レジデンス | NYSERDA アントレプレナーズ・イン・レジデンス・プログラムでは、専門家によるメンタリング、ピッチ・コーチング、助成金申請指導、経営幹部候補者とのマッチングなどを要件を満たした気候テックスタートアップに提供する。2010年開始以来これまで400以上のスタートアップがサービスを受け、6億ドルの資金調達に成功している。2018年からはコロンビア大学の技術移転オフィスであるColumbia Technology Ventures (CTV)によって運営されている。 |
製造業のスケールアップ | NYSERDAは、ハードウェアのプロトタイプから商業化を目指す気候テック領域の製造業アクセラレータープログラム「Scale For ClimateTech」を支援している。同プログラムは、ローチェスター大学から生まれた非営利のインキュベーター・アクセラレーター「Next Corp」とイノベーション支援機関「SecondMuse」が共同運営し、これまで参加企業67社が4億ドル以上の資金調達、3000万ドル以上の売り上げを獲得している。2022年11月、ニューヨーク州のホークル知事は、気候テックスタートアップと地域のサプライチェーン・パートナー、メーカー、サプライヤーをつなぐ次期プログラムに最大370万ドルを投下することを発表した。[5] |
エンパイア・テクノロジー賞 | エンパイア・テクノロジー賞は、ビルディングの脱炭素化にインパクトを与えるハードウェア技術を対象に、NYSERDAが資金提供する賞金コンテストである。非営利の気候テックアクセラレーター「The Clean Fight(NEX-NY)」によって運営され2023年に初めて実施される。[6] |
気候テック成長プラットフォーム | 気候テック成長プラットフォームは、2022年10月にニューヨーク州のホークル知事が発表した新しい気候テックスタートアップ支援プログラムである。[7] プログラム管理者は、商業化前または成長段階にある建築、輸送、電力網、産業用の製品・サービスを拡張する起業家に対し、市場情報、マッチメイキング、資金調達計画、プロジェクト開発などのリソースを提供する。プログラム管理者にはNYSERDAから最大850万ドルの資金が与えられ、うち最大200万ドルは採択企業への将来の助成金として使用される。同プログラムは、ニューヨーク州内企業、ニューヨーク州への移転や州内でのビジネスに関心のある企業を対象に、2025年までに100社を支援することを目指している。 |
ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)と連携しているインキュベーターやアクセラレーターだけをとっても、ニューヨークには気候テック領域で重層的な支援環境が備わっていることが分かる。本稿の最後に、NYSERDAによって設立されたACREインキュベーターを含む、ニューヨークの気候テック・イノベーション・ハブであるアーバン・フューチャー・ラボ(Urban Future Lab)を紹介する。
ニューヨークの気候テック・ハブ:アーバン・フューチャーラボ(Urban Future Lab)
アーバン・フューチャーラボは、ニューヨーク大学タンドン工学部内に設置された、フューチャーラボの一つであり、クリーンテック、気候テックをフォーカスしている。アーバン・フューチャーラボのManaging Director, Pat Sapinsley氏によると、同ラボは、ニューヨーク州で最も古く、最も成功している気候テックインキュベーターである。[8] アーバン・フューチャーラボの基幹事業であるACREは、プレシードからシリーズAの気候テック領域のスタートアップを対象に、2009年にNYSERDAによって設立された。これまでACREには70社が入居し、入居企業の資金調達は16.5億ドルを超え、1,000人以上の雇用を創出している。そしてACRE出身スタートアップの生存率は87%を誇る。
(Urban Future Lab主催イベント「Urban Future Summit 2022」の様子)
アーバン・フューチャーラボではACREの他に、複数のプログラムが実施されている。タンドン工学部がプロフェッショナル学部との連携で提供するプログラム「Clean Start」は気候テックで新たなキャリア構築を支援する教育プログラムとなっている。同プログラムは、Clean Startの参加者とACRE入居企業とのペアリング機会があるなど、アーバン・フューチャーラボのスタートアップの集積性を活かした実践的なベンチャー支援が含まれている。このほか、アーバン・フューチャーラボでは、カナダ政府、英国政府機関、欧州経済機関、米国他都市(ヒューストン)、他都市(ボストン)インキュベーター、民間企業などとの連携で、複数のアクセラレータープログラムを提供している。
ボストンの気候テックインキュベーター「グリーンタウン・ラボ」では、メンバー/卒業企業のおよそ四分の一程度はマサチューセッツ工科大学出身者であり、大学を中心とした強力なエコシステムが発展している。一方で、アーバン・フーチャーラボのメンバー/卒業生は特定の大学出身者が多いという傾向はみられない。NYSERDAやカナダ政府との連携で実施する炭素回収貯蔵技術の商業化支援プログラム(Carbon to Value (C2V) Initiative)など、グローバルなプログラムを組んでいることや、都市型のイノベーションを起こそうとしている世界中の起業家を吸引するニューヨークの力が、アーバン・フューチャーラボの多様なメンバー構成に表れている。
索引
[1] NYSERDA Technology to Market Fact Sheet, 2022
[2] NYSERDA Clean Technology Incubator Evaluation Case Study: ACRE, 2020
[3] NYSERDA Technology to Market Fact Sheet, 2022
[4] https://www.nyserda.ny.gov/About/Newsroom/2020-Announcements/2020-04-09-NYSERDA-Launches-Two-Cleantech-Accelerators-for-Entrepreneurs-to-Bring-Clean-Energy-Solutions-to-the-Marketplace
[5] https://www.nyserda.ny.gov/About/Newsroom/2022-Announcements/2022-11-09-GOVERNOR-HOCHUL-ANNOUNCES-MORE-THAN-3-7-MILLION-TO-BRING-CLIMATE-TECH-MANUFACTURING
[6] https://www.thecleanfight.com/post/the-clean-fight-selected-to-manage-10m-empire-technology-prize-program
[7] https://www.nyserda.ny.gov/About/Newsroom/2022-Announcements/2022-10-07-Governor-Hochul-Announces-Millions-to-Support-New-Climate-Technologies
[8] https://www.mcjcollective.com/my-climate-journey-podcast/pat-sapinsley (My Climate Journeyインタビューより)