北米特集記事

カンパニー・スポットライト:Whitebox CRE Solutions

執筆者 | 2020年1月14日 | カンパニースポットライト, 特集記事

米国の労働人口の最大の割合を占める「ミレニアル世代(1981年から1996年の間に生まれた世代)」は、2025年には、労働人口の約75%を占めるようになると言われています。さらに、ミレニアル世代の次の世代である「ジェネレーションZ」の市場への影響力も増しています。そこで、ミレニアル及びジェネレーションZの市場への影響について、ニューヨークの商業不動産のインサイトを提供するWhitebox CRE Solutionsの茂木ホール美紀さんにお話を伺いました。

 

モノの所有よりもアクセスできることに価値を置く

 

―ミレニアル世代の特徴は何でしょうか。

 

モノの所有よりも、モノ・サービスへのアクセスにより価値を置いていることです。ミレニアル世代は、テクノロジーの発展のおかげで、10代のころからインターネット上で情報や体験をシェアし自分たちの声を発信できる環境にありました。この世代の60%がシェアリングエコノミーを信頼しているという統計があります。シェアリングエコノミーを好むことの背景には、時間の効率化の他、大きなスペースに住めないという金銭的な事情やサステナビリティへの価値観の上昇が挙げられます。精神的な部分では、ミレニアル世代が成長した頃の育て方の主流は、褒めて認めることで、自信をつけさせる、ということでした。例えば、サッカーの練習に参加するだけでトロフィーが貰える、というものです。それは競争心が育たない、自分たちの主張を当然と捉える等、弊害もあるとは思いますが、前向き、楽観的という特徴があります。

 

ロフト感覚の高い天井とオープンスペースが人気

 

―ミレニアル世代はスタートアップエコシステムにどのような影響を与えているのでしょうか。

 

ニューヨークのハイテク産業の集積地を「シリコンアレー」と称することがあります。どこからはじまったかというと、マンハッタンのビジネス中心地区として知られるミッドタウンの南に位置する「フラットアイロン地区」です。ここはかつて工場や倉庫地区でした。ミレニアル世代は、昔ながらのロフト感覚で天井が高く、窓が大きい環境を好みます。フラットアイロン地区周辺には、ミレニアル世代好みのオフィスが多数存在し、IT起業家が入居するようになりました。今では大手IT企業やアクセラレーターもオフィスを構えるようになり、フラットアイロン地区だけでなく周辺のチェルシー、ユニオンスクエア、ハドソンスクエア、ミートパッキングなどに広がっています。ミッドタウンの西に位置し、ハドソン川沿いにある大規模開発ハドソンヤードや周辺の新たなオフィスビルは、天井を高く、総ガラス張りの開放感のあるオフィスを提供し、ハドソンヤードのテナントの一社のボストンコンサルティンググループを例にとっても、また建築デザイン大手のゲンスラーのブロードウェイのオフィスを見ても、5層、6層のフロアの真ん中を突き抜けるように階段を作り、どのフロアともコミュニケーションしやすくする、というデザインを採用しています。ボストンコンサルティンググループは、いたるところにベンチを置き、従業員同士が社内で会ったときにすぐにフェイス・トゥ・フェイスで、コミュニケートできる環境を提供しています。

 

住む/働く/遊ぶ をシームレスに実現したいというニーズ

 

エコシステムへの影響という点で、ミレニアル世代の特徴は、住む/働く/遊ぶをシームレスにしたいという欲求です。このようなニーズに対し、企業や商業不動産は敏感に反応しています。2018年3月に、アルファベット社(グーグルの親会社)は、観光名所であるチェルシーマーケットの建物をディベロッパーのジェームスタウンから購入しました。一階の店舗部分はジェームスタウンに運営を任せ、2階以上をグーグルのオフィスとし、さらにその周辺でもオフィスの拡張を続けています。メディア大手ABCの親会社であるウォルトディズニー社は、ハドソンスクエアにニューヨーク本社の移転を計画しています。ハドソンヤードはオフィス棟だけではなく、商業施設、文化施設も開発内に設置され、食と芸術とファッションの新たな発信地になろうとしています。オフィス棟へは大企業の入居も進んでいます。フェイスブック社は、ハドソンヤードのビル3棟にまたがり、オフィススペースを借りたと報道されています。

 

コミュニティがミレニアルを引き付ける付加価値に

 

「コミュニティ」というキーワードも、ミレニアル世代を語るうえで欠かせません。そこで生まれたのがコワーキングという働き方とスペースです。ウィーワークは貸しオフィスに、コミュニティ構築という新たな価値を付加したことで、ミレニアル世代に受け入れられました。競合も出てきています。例として、インダストリアス(Industrious)は米国主要都市で拡大しています。不動産仲介大手のCBREはハナ(Hana)というコワーキングスペースの運営を始めました。ビルの大家やデベロッパー側からするとコワーキングが入ることで、テナント情報がコワーキング会社に集中することを懸念しますが、CBREがコワーキングスペースをデザイン及び運営し、大家/デベロッパーとの接点となります。コワーキングの多様化も進んでいます。前述のインダストリアス社は、ショッピングモールの中や、スポーツジム大手のイクイノクス社が経営するイクイノクスホテル(Equinox Hotel)に隣接してコワーキングスペースをオープンしました。同ホテルとの提携とも視野に入れるやもしれません。その他、レストランを活用するスペーシャス(Spacious)などもあります。暮らしをコミュニティで括ると、今、数を増やしているのがコリビングです。コリビング社には数社ありますが、その中でクォーターズ(Quarters)を例にとると、施設内に、住民が一緒に過ごせるコミューラルスペース(共有スペース)に加え、コワーキングスペースもビル内に設けています。メンバー専用のイベントやアプリなど、コミュニティを形成しているのです。

 

収益を生み出す場から、マーケティングの場への変容

 

―ジェネレーションZの特徴は何でしょうか。

 

ミレニアル世代と同様の価値観も多くあると思いますが、ミレニアル世代が楽観的であることに対して、ジェネレーションZはより現実的と言えそうです。大学に進学すると年間およそ600万円程度かかると言われています。家計が許せばよいですが、そうでないことも多くあります。また出産の高齢化により、子供が大学進学前でも、親が50代の家庭が多く、2008年リーマンショック時の親の解雇や、親が50代に入ってからの解雇や燃え尽き症も見てきています。アメリカ心理学会の調査では、ジェネレーションZの81%が、「お金」に不安を感じています。これは成人全体よりも17ポイント高い数値です。

 

実店舗よりオンラインでの購入を優先させる傾向は驚くべきことではありませんが、それによって、実店舗は、収益を生み出すための場所からマーケティングの場所へとその役割が変わってきています。例えば、グロシア(Glossier)というオンライン販売から始まった化粧品メーカーは、SOHOに旗艦店をオープンしました。インスタグラム映えする店内デザインと、また経験と知識のあるスタッフがお客のニーズや質問に丁寧に応えてくれる、アップルストアの化粧品版のようなコンセプトと言えるでしょう。他にも、D2Cのマットレスメーカーのキャスパー(Casper)のSoHo店などもその一つで、顧客との接点として、そして体験を提供する場として店舗を位置付けているといえるでしょう。

また百貨店や量販店は、既存ブランド販売だけではなく、新たなコンセプトと提携しています。例えば、オンライン古着店のスレッドアップ(Thredup)は、百貨店のメイシーズや量販店のJCペニーとパートナーシップを提携し、実店舗での販売をはじめました。これは今とこれからの世代がシェアリングエコノミーに抵抗がないこと、またファッションに安さを求めるトレンドに対応し、実店舗への集客を狙っているといえます。

 

横浜にはエコシステムの可能性がある

 

―ミレニアルやジェネレーションZのニーズは日本にも通じるところがあるように思います。米国の潮流から横浜が学べる点はありますでしょうか。

 

ヒントになるか分かりませんが、例えば、マンハッタンの対岸に位置するブルックリン区は、マンハッタンとは違う躍動感があります。1990年代から、アーティストや高学歴・プロフェッショナルな人たちが移り住んできました。ブルックリン自体が歴史がある街で、独自のダウンタウンを持ち発展してきたという背景があります。そのためブルックリンは美しい街並みが広がり、地下鉄でもアクセスしやすく、実は生活に適したエリアなのです。ニューヨーク市に犯罪が蔓延っていた70、80年代は、ブルックリンの治安も悪化し、そちらのイメージが先行してしまった時期がありました。90年代半ばに、マンハッタンの地価が高騰し始め、ニューヨークの良さでもある多様性を失い、また銀行のATMやナショナルチェーン店の店舗の増加等個性も失っていく中、多様性、個性を求めブルックリンに移ったアーティストや高学歴・プロフェッショナルのニーズを受け、個性的な本屋や、ブティック、またおしゃれなレストラン、バー、カフェが立ち並び始めます。それ以前からBAMと呼ばれるブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージックやブルックリン美術館では、前衛的なアートを発信してきました。

 

ブルックリン出身者のことをブルックリナイト(Brooklynite)と呼ぶことがありますが、ブルックリン出身者や住民は、自分がブルックリナイト(Brooklynite)であると自信をもって言います。ブルックリンならではの文化があり、自分の街であることに誇りを持っています。今ではブルックリンの地価は上昇し、場所によっては、マンハッタンより高いレントの地区があります。そして、経済開発も進んでいて、ダウンタウン、ダンボ地区、ウィリアムズバーク地区にスタートアップが集積し、今ではVice Media, Etsy, Kickstarterなどが本社をブルックリンに構えます。食べる/遊ぶ/働く、を提供する巨大複合施設「インダストリーシティ」には、ミレニアル経営のスタートアップ用オフィス以外にも、ものづくりスタートアップ社(地元酒造会社や、ベイカリー等)やフードホール、レストラン、カフェなども次々オープンし、エンターテイメント要素を兼ね備えています。

 

横浜は、住む/働く/遊ぶがシームレスにつながりうるという点、都市として独自の歴史を持ち、多様性(みなとみらい以外にも、中華街、本牧、元町などの顔を持つ)という点でも可能性があると思います。東京都内以外の都市で、コワーキングスペースなど、ミレニアル世代やジェネレーションZに支持されるような働き場所が増え、さらにそこに、食や文化の魅力があり、コミュニティの一員として関わることができ、そしてそれらを格好よく発信していくことができれば、そこに人が集まり、新しいエコシステムができるのではないでしょうか。

 

Miki-Hall Motegi / 茂木ホール美紀

バブル時代の真っ只中の東京で、マーケット情報誌のライターをしていた頃、

目まぐるしい勢いで生じる開発や新店舗のレポートやインタビューなど、商業不動産への

探究心、分析の土台を積み上げ、1994年にニューヨークに移住。

ニューヨークでは、日本政府観光局・ニューヨークオフィスで、国際会議誘致担当として北米各種団体へのプロモーションを担当した後退職。2011年に東京に移り三年半を過ごしました。その経験が日本と米国のビジネス慣習のギャップを再認識する機会になりました。

2015年にニューヨークに戻った後、マンハッタンにある米系商業不動産ファーム、ヴァイカスパートナーズの一員に。

同ファームの創業者が欧米IT/スタートアップ企業に焦点を当てファームを始めたメンタリティから、私自身も、スタートアップ=ミレニアル世代が与えている商業不動産への影響に注目します。

米系企業はオフィスの立地や、職場環境デザインは、人財をリクルート、リテインするための要素として重要視しており、またITが、産業間のボーダーを曖昧にする中で、商業不動産の動向は、様々な業界に影響をもたらすと考えています。

現在、ミレニアル世代とそれ以降の世代がもたらす商業不動産への影響を分析、そして現象が示すビジネスの可能性について提案を続けています。

 

カンパニー・スポットライト

https://businessyokohama.com/jp/category/special-features/company-spotlight/

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