北米COVID-19情報

COVID-19 Public Policies #4 コロナ禍におけるニューヨークの教育行政と学校再開へのプロセス

執筆者 | 2020年8月14日

2020年8月7日、ニューヨーク州のクオモ知事は、9月の新学年度から、対面授業での学校再開を認めた。コロナ禍の3月にニューヨーク州の学校が閉鎖されて以来、およそ半年ぶりの学校再開となる。コロナ禍の閉鎖から学校再開に至るまで、ニューヨークの学校はいかにその機能と役割を果たそうとしてきたのか。

 

ニューヨークにおけるコロナ禍の学校閉鎖から学校再開への道のり①:子どもの貧困

3月18日、コロナ禍のニューヨーク州で、州知事が学校閉鎖を決定した。クオモ・ニューヨーク州知事は、当初、コロナ禍での学校閉鎖の判断に当たり、多くの親が家に残る必要があることについて懸念を示していた。警察、消防、医療など働きに出なければならない必須の職業があり、子どもを預けられる環境にはない家庭も存在し、そのような保護者が働きに出れなくなると、市民の安全や医療システムに影響が生じる可能性があったためだ。そこで、学校閉鎖後もエッセンシャル・ワーカーのために、学校における子どもへの食事の提供やチャイルド・ケアの機能の確保が、学校閉鎖の条件となった。例えばニューヨーク市では、救急対応に当たる人や医療従事者など一部のエッセンシャル・ワーカーの子どもを、市の地域エンリッチメント・センター(Regional Enrichment Centers)に預けられるようにするなどの対応がとられた。

学校閉鎖に伴う子どもへの食事の提供もまた、大きな問題であった。子供の貧困国家センター(National Center for Children in Poverty)によると、ニューヨークの子どもの22%(約90万人)、米国全体では子どもの19%が貧困家庭(4人家族で年収$24,339未満)で暮らしている。全米で約200のフードバンク団体を統括するフィーディング・アメリカは、全米で食料不安を抱える人数は、パンデミック以前の3700万人(子ども1100万人)から、2020年6月には5400万人(子ども1800万人)に増加したと発表した。また、今年4月下旬に実施されたブルッキングス研究所の調査では、12歳以下の子どもを持つ母親の17.4%が、パンデミックが始まって以来「十分な食料を買う余裕がなかったため、自分の子どもが十分に食事を取れていない」と回答した。2018年の前回調査時に同じ回答を選択した母親は3.1%であり、状況が著しく悪化している。これらのデータは、新型コロナウイルスの拡大によって浮き彫りになった、米国における格差の一端を示していると言える。

ブルッキングス研究所調査:オレンジが、12歳以下の子どもを持つ母親で「十分な食料を買う余裕がなかったため、自分の子どもが十分に食事を取れていない」と回答した割合

 

新型コロナウイルスが、家計と子どもの食事に大きな影響を与える中、ニューヨーク市は、市内全ての学校での生徒への食事の持ち帰りの提供だけでなく、市内400か所以上で、公立学校に通っているかにかかわらず、18歳以下の全ての人が、朝食・昼食・夕食の3食分の食事を受けられるようにした(3月20日デブラシオ市長記者会見)。さらにその後、対象範囲を拡大し、全てのニューヨーク市民が食事を受けられるようになった。ABCニュースによると、市全体で一日あたり約50万食が配給されているという(5月8日時点)。これらの無料の食事は、学校が夏休みに入ってからも提供され続けた。

 

ニューヨークにおけるコロナ禍の学校閉鎖から学校再開への道のり②:オンライン授業の導入

子どもへの影響は食事だけではない。ニューヨーク市は3月23日からオンライン授業を導入したが、必ずしも全ての家庭で遠隔授業が受けられる環境にあるわけではなかった。2018年の全米コミュニティ調査によると、ニューヨーク市の全世帯の15.8%に当たる、約50万世帯がインターネットへのアクセス環境がないとされている。ニューヨーク市はオンライン授業の導入に伴い、110万人の生徒のうち、およそ30万人がインターネット環境とデバイスを有していないと予測し、全ての生徒が遠隔で授業を受けられるようにするため、必要な子どもたちに対して、インターネット環境と共にiPadを約30万台貸与することを決めた。5月19日の時点で、29万7千件の申し込みに対し、28万9千件が配付され(5月19日デブラシオ市長記者会見)、その後も申し込みが続き、さらに1万台が追加された。なお、ニューヨーク市教育局のウェブサイトでは、オンライン授業で使うためのアプリケーションや技術的なサポートも行っている。

Keeping Track Online:NY市地区別のインターネットへのアクセス環境のない家庭の割合

 

ニューヨークにおけるコロナ禍の学校閉鎖から学校再開への道のり③:オンライン授業の事例

オンライン授業で使用されるアプリケーションは、学校区や学校、又はクラスによって異なる。ここではニューヨーク市近郊の公立小学校(Harrison Avenue Elementary School)3年生(3rd Grade)のクラスにおける、3月から6月に実施されたオンライン授業の事例※を紹介する(トップ画像が同校の写真)。

同学級では、オンライン授業のプラットフォームとして、Google Classroomが採用された。生徒は毎朝9時にシステムにログインすると、担任の教諭から出された課題に取り組み、午後4時までにGoogle Classroom上に課題を提出するという流れだ。チャット機能があり、担任と生徒、生徒間での相互のコミュニケーションもシステム内で行う。例えば、ある日の算数の課題は、教諭が作成したレクチャー動画がシステム内に添付され、生徒は動画を視聴する。その後、アニメーションやゲーム形式のいくつかのオンライン学習ツールを活用し理解を促進させ、教諭が作成した理解度を測るための小テストにオンライン上で回答する。美術、音楽、体育といった科目もオンライン上で行われた。美術の授業では、絵画や工作の課題が出され、生徒は、完成した作品を写真に撮りシステム内に投稿する。体育の授業では、YouTubeの動画を活用したダンスやエクササイズの課題が出された(例えば、https://www.youtube.com/watch?v=G3y5rmgHBgs)。

※参考:同校で使用された主な遠隔授業のツールとオンライン学習教材

  • Zoom:教諭と生徒が顔を合わすレクリエーションの機会に使用された。
  • Youtube:教諭が講義や課題説明をYoutubeに投稿。Google Classroomに添付されたレクチャー動画を生徒が視聴した。
  • BrainPOP(ブレインポップ):英語、数学、科学、社会、芸術などの教育動画が配信されている。主に、学習中の算数の単元に関する補助教材として使用された。
  • Kahoot!(カフート):学習ゲームのプラットフォーム。主に算数の練習のために使用された。Kahoot!上で担任が作成した算数のゲーム(選択形式のクイズ)が、課題として出された。
  • Extramath(エクストラマス):算数の足し算、引き算、掛け算、割り算の練習プログラム。主に算数の宿題用に使用された。
  • DreamBox Learning(ドリームボックス・ラーニング):ゲームやアニメーションによる算数の学習プログラム。主に算数の課題として使用された。
  • Quizlet(クイズレット):単語カード作成アプリ。主に、算数の用語の理解学習のツールとして使用された。担任の教諭が同ツールを使用した単語カードを作成し、Google Classroom上で生徒に共有された。
  • Googleフォームズ:同ツールを使った選択式の算数の小テストを、担任の教諭が作成。Google Classroom上に添付され、理解度確認の課題として出された。
  • Google ドキュメント:主に、英語のライティングの課題で使用された。生徒はGoogleドキュメントで作成した作文をGoogle Classroom上に保存(提出)し、担任の教諭が確認する。オンライン上での同時編集が可能であり、メール添付のやり取りなく、担任から書き込まれたコメントや修正を確認することができる。
  • Googleスライド:主に、図表や画像を使った課題で使用された。
  • Flipgrid(フリップグリッド):動画投稿による学習プラットフォーム。作文や詩の朗読、スピーチなど課題で使われた。投稿した動画に対して、動画でコメントできる機能があり、クラスメート同士で動画でコメントを送り合うことも課題の一部として行われた。
  • epic!(エピック):子ども向けの電子書籍ライブラリ。主に読書(リーディング)の課題として、同アプリが使用された。
  • Raz-Kids(ラズキッズ):子ども向けの電子書籍ライブラリ。主に読書(リーディング)の課題として、同アプリが使用された。
  • TypingClub(タイピングクラブ):ライブラリーという授業の課題でパソコンのキーボードのタイピング練習の課題として使用された。

なお、上記のツールやアプリケーションのいくつか(例えば、Google Classroom)は遠隔授業となる前から日常の授業の中で活用されていた。

 

ニューヨークにおけるコロナ禍の学校閉鎖から学校再開への道のり④:学校再開へのプロセス

3月中旬から4月の中下旬にかけて世界最大の感染拡大を経験したニューヨーク州は、抑制策を講じ続け、6月以降、1%前後の感染率を保ち続けている。感染抑制策と並行し、ニューヨーク州は社会経済活動の再開へのガイドラインと基準を設け、現在、段階的に再開が進んでいるところだ。コロナ禍でのニューヨーク州の学校再開の判断に当たっても、ガイドラインと基準を示し、且つ、各校による学校再開計画の策定を義務付けることで、再開準備が進められた。

ニューヨーク州ウェブサイト(8月11日):オレンジの折れ線グラフは感染率(右軸)。青の棒グラフは検査数(左軸)、黄色の棒グラフは陽性者数(左軸)

7月13日、ニューヨーク州保健局は、州内の約700の学校区に対し、全学校が再開のために遵守すべき項目を記載したガイドラインを示し、7月31日までに、学校再開計画を策定するように指示した。この時点で、コロナ禍での学校再開の有無や形式は決まっておらず、各校は、ニューヨーク州教育局のガイドライン米国疾病対策センター(CDC)のガイドラインも踏まえ、①100%対面授業による再開、②ハイブリッドモデル(対面式授業と遠隔授業を組み合わせた混合型)、そして、③100%遠隔授業による再開の3パターンで再開計画を策定することとなった※。

保健局のガイドラインが示された同日、クオモ知事は、直近14日間平均で地域の新型コロナウイルス陽性率が5%以下であれば学校再開し,直近7日間平均で地域の陽性率が9%以上となれば学校閉鎖するという基準を発表した。一方、ニューヨーク市のデブラシオ市長は、市全体の陽性率(直近7日間平均)が3%以下という、さらに厳しい基準を設定した(7月31日発表)。併せて、ニューヨーク市は、学校再開後に陽性者が確認された場合の対応についてのルール(例えば、学校で陽性が1件確認された場合には当該クラスを閉鎖し教師・生徒は14日間の自主隔離を行う、など)も定め発表した。さらに、8月7日には、上記のルールの他、衛生対策や混合型授業のいくつかのモデルなどを記載した、ニューヨーク市全体の学校再開計画が公開された。

8月7日、クオモ知事は、感染率が低水準(1%)であることを踏まえ、9月の新学年度から対面式の授業の再開を認めた。再開の形式は、ガイドライン等の要件の範囲内で各学校区に任されることとなり、8月21日までの最低3回、保護者説明会を実施することが求められた。ニューヨーク市のデブラシオ市長は、保護者を対象に実施した調査結果を踏まえ、対面授業を含む学校再開を望む保護者(全体の74%)の子どもには、対面授業と遠隔授業を組み合わせた混合型の授業を実施するとし、100%遠隔授業を望む保護者(全体の26%)の子どもには遠隔授業を実施すると発表した。

100%ではないが、コロナ禍の3月にニューヨーク州の学校が閉鎖されて以来、およそ半年ぶりの学校再開となる。

※参考例:州内のある学校区(Harrison Central School District)のコロナ危機における学校再開計画(抜粋)

  • 健康と安全:クラス内での社会的距離を確保するため、机等は6フィート(約1.8m)の間隔を確保。クラスのキャパシティは50%程度に制限。生徒と学校スタッフは常にマスク着用。保護者と学校スタッフは、新型コロナウイルスの症状がないか、毎日アンケートに記入。学校の消毒、サニタイザーの設置。
  • 授業形式:100%対面授業は、NY州による社会的距離の要件が緩和され、学校区が安全確保を判断する場合に採用。ハイブリッドモデルは、小学校の場合、2グループに分け、月曜日は全員遠隔授業、火・木はグループAが対面授業(グループBが遠隔授業)、水・金はグループBが対面授業(グループAが遠隔授業)。100%遠隔授業は、学校閉鎖となった場合に適用。
  • メンタルヘルス:学校の専門スタッフ(心理学者)がウェルネススキルの訓練に加え、トラウマへの臨床訓練を受講。保護者には、訓練された心理学者とスクールカウンセラーがサポート。
  • テクノロジー:2年生以下(K-2)全員にiPadを貸与。3年生から5年生全員にChromebookを貸与。6年生以上(6-12)は自分のデバイスを使用、又は、ノートパソコンを借りることも可能。担任の教諭、及び、図書室の専門スタッフが技術サポート。
  • 登校:通学バスの乗員数を減らすため、保護者による送り迎えを奨励。
  • 食事:対面授業か遠隔授業かに関わらず、必要な生徒は食事サービスの利用が可能。

(全文)https://resources.finalsite.net/images/v1596238394/harrisoncsdorg/z6vo90ho72dujf0wljwt/2020-21HCSDReopeningPlan73120.pdf

 

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参考

横浜市では、市内企業・団体等の皆様にお役立ていただくため、感染が世界的な拡大の兆しを見せた2020(令和2)年2月から、フランクフルト、上海、ムンバイ、ニューヨークに所在する4つの事務所が、それぞれの所在地域における新型コロナウイルス感染症に関する情報を独自に収集し、神奈川新聞及び各事務所のウェブサイトで発信してきました。

そのような、まさに現地に駐在している職員だからこそ可能な、現地における市民生活への影響、経済活動の動向、感染症対策などに関する情報発信は約1年間に渡り、57件を数えました。このたび、それらを「コロナ禍の世界 記録集」として一冊にまとめ、改めてお届けします。

コロナ禍の世界 記録集(2020~2021年)27.57MB

 

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