5月15日、ニューヨーク州の一部の地域と業種で、営業の再開が認められた。在宅勤務と自宅待機を要請した行政命令(NYS on PAUSE政策)が3月22日に発令されて以来、約2か月ぶりの再開だ。この間、ニューヨーク州は世界最大の感染地域となり、感染者は35万人以上、死亡者は2万人以上に上った。急激な感染拡大に対して、ニューヨークの医療システムはどのように対応したのか。
感染拡大とニューヨークの医療システム①:医療需要の最小化
ニューヨーク州が行った、新型コロナウイルスの3つの抑制策(①検査、②密集回避、③医療システム)は相互に補完しあっていた。特に、人の密度を減らすことは、それによって感染拡大カーブを緩やかにし、医療需要を医療システムのキャパシティの範囲内に抑えるために重要であった。
3月1日にNY州で一人目の陽性者が確認されて以降、クオモ知事は、人の密集を回避するための方策を段階的に強めていった。初めは、時差出勤や自宅勤務の励行、民間企業への在宅勤務等の導入、自発的な店舗の閉鎖の呼びかけであったが、すぐに強制力のある命令が矢継ぎ早に出されることとなった。3月12日に、500名以上が参加するイベントや集会が禁止され、その4日後の16日には、ニューヨーク州に隣接するニュージャージー州、コネチカット州と共に、50人以上の集会禁止、カジノ閉鎖、スポーツジム閉鎖、劇場閉鎖、バー・レストラン閉鎖(テイクアウトは継続)が発表された。
3月18日には州内の学校閉鎖が決定された。ニューヨーク市では、州の決定に先立ち16日から市内公立学校が閉鎖された。クオモ知事は、学校閉鎖の判断に当たり、多くの親も家に残る必要があることの懸念を示した。つまり、子どものケアをお願いできる家庭ばかりではなく、警察、消防、医療など働きに出なければならない必須の職業もあり、州民の安全や医療システムに影響が生じる可能性があったためだ。そこで、学校閉鎖後もエッセンシャル・ワーカーのために、学校における子どもへの食事の提供やチャイルド・ケアの機能の確保が、学校閉鎖の条件となった。例えばNY市では、救急対応に当たる人や医療従事者など一部のエッセンシャル・ワーカーの子どもを、市の地域エンリッチメント・センター(Regional Enrichment Centers)に預けられるようにした。また、市内全ての学校で、生徒への食事の持ち帰りの提供だけでなく、市内435か所で、公立学校に通っているかにかかわらず、18歳以下の全ての人が、朝食・昼食・夕食の3食分の食事を受けられるようにした(3月20日デブラシオ市長記者会見)。
職場における人の密度の回避については、3月18日に、医療や公共交通などのエッセンシャル・サービス以外の全事業所に50%出勤削減を課すことが発表されると、翌日19日には、75%の出勤削減、さらにその翌日には、100%の在宅勤務が発表され、3日連続で義務化の範囲が広げられた。エッセンシャル・サービス従事者以外の100 %の在宅勤務の行政命令は、NYS on PAUSE(New York State Policies Assure Uniform Safety for Everyone (PAUSE) Plan(ニューヨーク州統一安全確保計画))という政策の一部として3月22日に発令された。
このPAUSE政策には、在宅勤務だけでなく、個人の自宅待機要請や外出時に他人と6フィート(1.8m)離れるソーシャル・ディスタンシングの要請も含まれていた。密集回避による感染拡大の抑制は、PAUSE政策が機能するかどうかにかかっていたが、PAUSE政策の開始後、拡大カーブは次第に緩やかになり、3週間後の4月12日に入院者数はピークに達した。
感染拡大とニューヨークの医療システム②:病院キャパシティの急拡大
クオモ知事は、ニューヨークの医療システムの需要を最小化と同時に、医療システムの供給力の最大化を目指した。感染の急拡大が始まっていた3月17日時点で、ピークはおよそ45日後(5月上旬)、最大で110,000床の病院ベッド、37,000床のICUが必要になると予測されていた。既存の供給力はどうだったかというと、ベッド数が53,000床、ICUが3,000床であり、最悪のケースには対応できないキャパシティだった。
クオモ知事は、医療システムの課題に対して、三つの課題に取り組んだ。一つ目は、ベッド数の増床、二つ目は、医療従事者の増員、三つ目は医療物資の調達だ。ベッド数の増床は、①既存病院のキャパシティの最大化と②臨時病院の設置、に分けられる。まず、既存病院のキャパシティの最大化のため、一室当たりのベッド数やベッド間のスペースを定める州の規制を一時停止(3月16日クオモ知事記者会見)し、その上で、州内の病院に、最低でも50%以上ベッド数を増床させる緊急命令を発令した(3月22日クオモ知事記者会見)。これにより、既存病院でのベッド供給は、約80,000床に増加することが見込まれた。また、同日の記者会見で、既存ベッドの空きを作り出すため、緊急を要しない手術(選択的手術)の延期の義務化も発表された。
臨時病院の設置については、州には、既存施設を臨時病院に転換するだけの能力とリソースはなかった(3月16日クオモ知事記者会見)。クオモ知事は、連邦政府の支援を仰ぎ、アメリカ陸軍工兵司令部(Army Corps of Engineer)の協力のもと、コンベンションセンター(ジャビッツ・センター)、多目的アリーナ(ウエストチェスター郡センター)、ニューヨーク州立大学(ストーニーブルック校、オールド・ウェストバリー校)の4か所で、第一弾の臨時病院の建設が決まった。さらに、Javits Centerの近隣に位置するPier 90には、米海軍の病院船「コンフォート」が派遣された。第一弾の準備を進めながら、3月28日には、第二弾となる臨時病院の建設(4施設)が発表された。これらの設置によって、計算上のベッド数は、病院船で1,000床、第一弾の臨時病院4施設で4,000床、第二弾の臨時病院4施設で4,000床、計9,000床増加することとなった。4月9日のクオモ知事の記者会見では、許容ベッド数が90,000床まで上がったと発表された。
感染拡大に伴う医療需要の増加によって、病院ベッド数の増床と同時に、臨時の医療従事者も増員させる必要があった。NY州保健局は、現役医療従事者を必要なセクション(例えばICUなど)へ配置できるようにするための訓練、退職した医師や看護師へのバックアップ要員としての職場復帰の呼びかけ、さらに州兵や大学医学部から輩出可能な臨時要員の特定を進めた(3月12日クオモ知事記者会見)。結果、4月2日には、州外からも含めて、医療ボランティアとして、85,000人以上の登録があったと発表された。また、4月4日には、資格を持つ医学生の卒業を早めて現場に出勤できる行政命令も発令され、連邦政府からは、最も負荷がかかっているニューヨーク市内の公立病院へ医師・看護師などが派遣された(4月5日クオモ知事記者発表)。
感染拡大とニューヨークの医療システム③:医療物資の調達
ベッド数の増加、医療スタッフの増員、医療物資の調達の中で、最も苦戦を強いられたのが医療機器・物資の調達、特に人工呼吸器の確保だった(4月2日クオモ知事記者会見)。3月25日の時点で、既存の人工呼吸器が4,000台、新規調達が7,000台、連邦政府からの支援が4,000台であったのに対し、ピーク時の必要予測数は30,000台だった。しかし、供給が間に合わず、自力での調達が困難な状況であり、全米各州、他国と競い合って購入するという状況であったため、価格高騰による問題も起こった。人工呼吸器は、一台1万6千ドルだったものが4万ドルに高騰していた(3月22日クオモ知事記者会見)。
ニューヨーク州は人工呼吸器の不足を補うために、人工呼吸器の二股使用、バイパップ機械の転用、麻酔器の代用、連邦政府の在庫支援、アリババ(中国企業)の協力による調達を行っており、さらに、人工呼吸器や個人防護具(PPE)が余っている病院から州政府が接収し、必要な病院に移すことができる行政命令も発令した(4月3日クオモ知事記者会見)。全米各州が医療物資の調達にかかる問題に直面する中、3月20日、トランプ大統領は、民間企業に必要物資を調達・製造・増産させることができる、国防生産法(Federal Defense Production Act)を発動したと発表した。ニューヨーク州でも、N-95マスクやガウンなど、新規参入企業への初期投資の支援やプレミアム付きの買い取りを約束するなど、インセンティブを付与し、新規の製造を促した(4月3日クオモ知事記者会見)。
感染拡大とニューヨークの医療システム④:予測モデルと実際の医療需要
クオモ知事は、複数の医療需要(必要ベッド数)の予測モデルを参考にし、その中でも最悪のケースへの対策を行ってきた。医療需要の予測はモデルによって大きく異なり、ワシントン大学ヘルス・評価センター(IHME)のモデルでは必要ベッド数は、最大73,000床、マッキンゼー&カンパニーのモデルでは最大110,000床、コロンビア大学のモデルでは最大136,000床と予測されていた。これらの予測に対して、実際の入院者数はピーク時に約19,000人、40,000床というICUの必要床数の予測に対して、実際のICU利用者数は、ピーク時に約5,000人だった。
予測モデルよりもピークが低く抑えられたため、急造した臨時病院がフル稼働することはなかった。第一弾の臨時病院4か所のうち、ジャビッツ・センターは、2,500床のベッドに対し、約1,100人を受け入れ、5月1日に閉鎖された。ウエストチェスター郡センター(マンハッタンから北西に位置するウエストチェスター郡にある多目的アリーナ)に設置された臨時病院は使用されることなく、5月以降、同センターは抗体検査センターとして使われている。NY州立大学の2つの臨時病院は、それぞれ1,000床程度のキャパシティを持つ設計だが、ピークに達した4月12日の時点ではまだ完成しておらず、完成後も一度も稼働しないまま、第2波に備えて、据え置かれている。病院船「コンフォート」は1,000床に対しコロナ患者約200名が入院し、4月30日に帰還した。第二弾の4か所については、いずれも開業されることなく建設中止となった。
では、ニューヨークの医療システムは持ちこたえていたかというとそうではなかった。3月29日の記者会見で、クオモ知事は、クイーンズ地区のエルムハースト病院(ニューヨーク市の基幹病院)に大きな負荷がかかっていると語った。マンハッタンのベッド数は人口1,000人当たり5.2床であるのに対し、クイーンズ地区は人口1,000人当たり1.5床で、エルムハースト病院の近隣は、米国における感染爆発の震源地の中の震源地とも呼ばれ、移民、貧困層が多く、公共の医療システムに頼らざるを得ない無保険者が多く居住している。そして、同地域は、ニューヨーク市の中で感染率が最も高い地域の一つであった。感染率の高い別の地域でも同じような状況が起こっていた。報道によると、ブロンクス地区にあるモンテフィオーレ医療センターのモーゼス分院の救急救命室は事実上、低所得患者向けのプライマリーケア診療所となっており、患者が押し寄せ、人工呼吸器や医療用品の不足の危機に直面していた。
既存の病院間連携として、ニューヨーク市中の病院からニューヨーク州北部の病院への患者の移送は行われていたようだが、クオモ知事は、州の保健局をトップに、民間と公共の壁を越えて約200ある州内の全ての病院を一つのシステムに統合すると発表した(3月31日クオモ知事記者会見)※。
※その後、公民の医療システム統合がどのような形で行われたのか確認はできていない。
感染拡大とニューヨークの医療システム⑤:第2波への備え
クオモ知事が取った方策は、最悪のケースに備えた医療需要の最小化と医療供給の最大化であった。およそ一か月の間に、PAUSE政策、病床数の倍増、医療ボランティアの確保、医療機器・物資の集中調達などの対策が進められた。
ニューヨーク州及び市では、ピークを過ぎてからも、この一か月間の教訓や第2波の可能性を踏まえ、ニューヨークの医療システムの課題への対策が引き続き進められている。NY州は医療物資の調達の課題を解決するため、ニューヨーク州を含む米国北東部の7州で、人工呼吸器、検査機器、個人防護具(PPE)などを共同調達するためのコンソーシアムを立ち上げるとともに、州内の病院に対しては、少なくとも90日分のPPEの確保の要請を行った(5月3日クオモ知事記者会見)。ニューヨーク市では民間のイニシアティブによって、販売価格10,000ドル未満のブリッジ人工呼吸器が開発され、NY市経済開発公社は開発に10万ドルを助成し、完成品3,000台の購入を契約した(4月21日デブラシオ市長記者会見)。
5月15日以降、ニューヨーク州は、第2波に備えながら、慎重に社会経済活動を再開し始めた。
次回に続く
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参考
横浜市では、市内企業・団体等の皆様にお役立ていただくため、感染が世界的な拡大の兆しを見せた2020(令和2)年2月から、フランクフルト、上海、ムンバイ、ニューヨークに所在する4つの事務所が、それぞれの所在地域における新型コロナウイルス感染症に関する情報を独自に収集し、神奈川新聞及び各事務所のウェブサイトで発信してきました。
そのような、まさに現地に駐在している職員だからこそ可能な、現地における市民生活への影響、経済活動の動向、感染症対策などに関する情報発信は約1年間に渡り、57件を数えました。このたび、それらを「コロナ禍の世界 記録集」として一冊にまとめ、改めてお届けします。
コロナ禍の世界 記録集(2020~2021年)27.57MB