北米最新ニュース

ニューヨークのライフサイエンス・エコシステム

執筆者 | 2022年12月16日

ニューヨークは、金融、ファッション、メディア、観光など多様な産業と新興企業(以下、スタートアップ)の相互作用によってユニークなエコシステムを形成し、シリコンバレーに次ぐ、世界第二位のスタートアップ都市として成長を遂げている。そして近年、ライフサイエンス産業が成長を加速させており、ライフサイエンスの地域エコシステムがニューヨークで形成されつつある。ニューヨークとその周辺には、世界トップクラスの学術機関、大型大学病院、大手製薬会社が集積し、ライフサイエンス産業が発展する要素が数多くみられるが、自然とエコシステムが形成されてきたわけではない。産業の多様化、テック・スタートアップのエコシステム構築、ライフサイエンス不動産の進出など、徐々に醸成されてきたスタートアップ環境をベースに、行政のイニシアティブがニューヨークのライフサイエンス・エコシステムの発展を後押ししている。

 

ニューヨークのライフサイエンス・エコシステムを取り巻く環境

市場性:ニューヨーク市の人口は840万人以上、周辺都市を含む都市圏となると、およそ2000万人で、いずれも全米1位の人口規模である。(1)  また、ニューヨーク都市圏の総生産(Gross Metropolitan Product)は2兆ドル近くあり、世界各国の国内総生産と比較しても上位に入る規模となっている。(2)  ニューヨーク市経済開発公社(以下、NYCEDC)が2022年6月に公開した調査レポートによるとニューヨーク市、及び、周辺の26の郡(ニューヨーク州、ニュージャージー州、コネチカット州の一部)から成るニューヨーク都市圏は、15万以上のライフサイエンス関連の職(jobs)を創出しており、2位の都市圏(サンフランシスコ)よりも1.4万多く、全米最大のライフサイエンス市場規模となっている。(3)  また、およそ5,100のライフサイエンス関連企業が同都市圏に立地しており、2位の都市圏(ボストン)を30%上回る。(4)

 

人材:NYCEDCによると、ニューヨーク都市圏は、1185万人という全米最大規模の人材プール(労働人口)を有し、過去10年間で労働人口は44万人以上増加している。(5)  同都市圏におけるライフサイエンス関連の職種には、およそ8万3千人が従事しており、全米で最も多い。(6)  また、毎年2,700人のライフサイエンス関連の学位取得者を輩出し、こちらも他の都市圏を凌ぎ、全米1位となっている。(7)

 

資金:ニューヨークは国立衛生研究所(NIH)の資金の獲得でも、存在感を発揮している。2021年、ニューヨーク都市圏は、全米1位となる41億ドルのNIH資金を獲得した。(8) 近年、ニューヨークへのベンチャーキャピタル資金も著しく増加している。2020年のニューヨーク都市圏におけるVC資金調達額は都市圏比較で全米3位であり、2015年から2020年までに3倍の増加が見られた。(9)

 

スペース:ニューヨークでラボスペースの建設、既存オフィスビルのラボスペースへの転換・再開発が次々と進められ、ラボスペースが倍増する勢いとなっている。例えば、2019年9月、NYCEDCは投資マネジメント会社のディアフィールド・マネジメント(Deerfield Management)とのパートナーシップで、12階建て既存ビルのライフサイエンス・キャンパスへの再開発を発表した。(10) 同ビルは、2021年にCUREとして生まれ変わり、CURE内には、成長企業向けのテナントスペースがある他、アーリーステージ企業向けの非営利のインキュベーターCURE Innovation Labsも設置された。イベントも頻繁に開催され、入居者間やゲストとの交流が図られている。

 

ニューヨークのライフサイエンス商業化への行政イニシアティブ

かつてのニューヨークは、市内・州内GDPに対して、ライフサイエンスにかかる生産高が相対的に低く、アカデミアの研究力の高さの一方で、地域雇用や商業化につながっていないという課題があった。(11) この課題を克服し、ライフサイエンス領域のビジネス及び雇用拡大を果たすため、ニューヨーク州のクオモ知事(当時)とニューヨーク市のデブラシオ市長(当時)はそれぞれ、2016年12月に大規模なライフサイエンスのイニシアティブを発表した。その後、イニシアティブの中身や規模の更新を経ながら、2022年現在、同イニシアティブは総額16億ドルの規模で継続されている。

ニューヨーク州とニューヨーク市のプログラムを見ると、主に、①大学等研究の商業化への移行強化、②ライフサイエンス人材・起業家育成、③スタートアップ振興、④事業拡大環境整備、⑤ライフサイエンス・キャンパス整備、にかかる支援に分類できる。アイデア/シーズ段階から事業化、事業拡大に至るまで、各段階の間で分断が起こらないような、人材、資金、スペース、ネットワークという事業に必要なアセットに関する重層的な支援メニューが設計されている。

【ニューヨークのライフサイエンス施策】

ニューヨークのライフサイエンス施策

個別のベンチャー企業や事業の足跡を辿ると、市内大学のシーズを公的資金やアクセラレーター/インキュベーターの支援を受けながら事業化させるというケースもみられる。また、アクセラレーター/インキュベーターを卒業したスタートアップの多くがニューヨーク市内/州内で成長を続けている。これらのイニシアティブは、ニューヨーク地域のライフサイエンス人材がニューヨークで事業を起こし成長できる環境を整えるための事業パッケージと言える。ある投資会社関係者に話を聞くと、「スタートアップの生存率は10%であり、ある会社が失敗すると、別の会社に移ることになるが、若い起業家も、経験豊富な起業家も、他に飛びつく会社がないような地域にはやってこない。ボストンやサンフランシスコでは、結果を出し続けるフライホイール効果が見られ、ニューヨークにおいては、まだしばらく時間がかかるだろうが、そういった効果が始まりつつある。」と言う。大都市ニューヨークと云えども、自然とライフサイエンス・エコシステムが発展したわけではない。ニューヨークのテック・エコシステム形成がそうであったように、ニューヨークのライフサイエンス・エコシステムにおいても、長年にわたる官民のイニシアティブの積み重ねと大胆な政策によって、ようやくその効果が出始めている。

 

ニューヨークのライフサイエンス・エコシステムに関する詳細は下記レポートをダウンロードしてご覧ください。

 

あわせて読みたい

 

出典

(1) 米国統計局 https://www.census.gov/popclock/

米国統計局https://www.census.gov/library/visualizations/interactive/2020-population-and-housing-state-data.html 

(2) ニューヨーク都市圏の総生産推移 https://fred.stlouisfed.org/series/NGMP35620

米国都市圏の総生産マップhttps://ssti.org/blog/useful-stats-2020-metro-and-micropolitan-area-gdp-industry

国内総生産 https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_by_GDP_(nominal)

(3) Life Sciences in the NYC Metro (5頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf  

(4) Life Sciences in the NYC Metro (5頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf 

(5) Life Sciences in the NYC Metro (11頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf

(6) Life Sciences in the NYC Metro (12頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf

(7) Life Sciences in the NYC Metro (14頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf

(8) Life Sciences in the NYC Metro (15頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf

(9) Life Sciences in the NYC Metro (16頁) https://www1.nyc.gov/assets/planning/download/pdf/planning-level/region//nyc-metro-life-sciences.pdf

(10) https://lifesci.nyc/press-release/new-york-works-nycedc-launches-global-challenge-create-new-applied-life-sciences-hub

(11) New York’s Next Big Industry: Commercial Life Sciences (4頁) https://pfnyc.org/wp-content/uploads/2020/02/New-Yorks-Next-Big-Industry-Commercial-Life-Sciences-Partnership-Fund-for-New-York-City.pdf

北米最新ニュース

市内企業アルケリス株式会社の製品が米国工場に初導入

市内企業アルケリス株式会社の製品が米国工場に初導入

長時間の立ち仕事による足腰の負担を軽減するアシストスーツ「アルケリス」の企画・開発・販売を行う横浜発のスタートアップ企業のアルケリス株式会社が、この度、Hi-Lex Control Inc.社へ「アルケリスFXスティック」を導入されました。

米国ライフサイエンス・ブートキャンプの参加企業を募集します。

米国ライフサイエンス・ブートキャンプの参加企業を募集します。

米国は世界最大のライフサイエンス市場です。近年、米国市場を目指すバイオベンチャーの動きが活発になっている一方で、市場参入戦略やパートナリングなどにおいて、情報ギャップやネットワーク不足に起因する課題が存在します。そこで、世界有数のバイオテッククラスターである米国ボストンのスタートアップ支援機関CIC...

横浜・LINK-J ライフサイエンス・ラウンジ@NYC第五回セミナー:2023年を振り返る、米国ライフサイエンス市場の最新動向

横浜・LINK-J ライフサイエンス・ラウンジ@NYC第五回セミナー:2023年を振り返る、米国ライフサイエンス市場の最新動向

「横浜・LINK-Jライフサイエンス・ラウンジ@NYC」第5回セミナーとして、ヘルスケア・創薬、医療制度、イノベーションカルチャーの切り口で2023年を振り返り、皆様に米国ライフサイエンス・ビジネス環境を取り巻く変化や今後の展望についてお届けします。

【スピンオフ企画】横浜・LINK-J ライフサイエンス・ラウンジ@NYC第三回セミナー~卵巣がんをテーマに、アンメットニーズについて診療及び患者ケア目線で掘り下げる~

【スピンオフ企画】横浜・LINK-J ライフサイエンス・ラウンジ@NYC第三回セミナー~卵巣がんをテーマに、アンメットニーズについて診療及び患者ケア目線で掘り下げる~

横浜市米州事務所と 一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)との連携による「横浜・LINK-Jライフサイエンス・ラウンジ@NYC」では、米国ライフサイエンス・ビジネスに関する最新情報をお届けしています。...

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

2024年2月13日(火)、市内企業の興栄商事株式会社が「タイにおける電気・電子機器廃棄物のITAD事業及びリサイクル事業に関する説明会」をホリデイインバンコクスクンビットセミナー会場開催しました。...