北米特集記事

5Gイノベーション:カナダ ケベック州・ オンタリオ州(Ontario & Quebec, Canada)

執筆者 | 2020年11月16日 | 5Gイノベーション, 特集記事

カナダでは、官民パートナーシップ・イニシアチブENCQOR 5G(Evolution of Networked Services through a Corridor in Québec and Ontario for Research and Innovation)を通じて、5Gによって実現可能な先端技術の共同開発が進んでいる。カナダ連邦・州政府や北米テクノロジー大手が主体となって、単体では5G技術開発に着手できないようなローカル中小企業の参加を促進する同イニシアチブでは、2019年7月からカナダ初の5G開発向けテストベッドの運用が始まっている。参加企業は、5G通信が利用できるプラットフォームを活用して、新たな製品・サービスのプロトタイプ開発ができるほか、5G関連の人材育成向けの訓練やリソースにもアクセスできる。そこで本稿では、カナダの5Gイニシアティブ「ENCQOR 5G」の事例を概観する。

 

カナダ初の5G共同開発プラットフォームENCQOR 5Gの概要

ENCQOR 5Gは、カナダ政府、オンタリオ州政府、ケベック州政府が共同で2018年3月に発足した官民パートナーシップ・イニシアチブであり、5年間に亘り、カナダ初となる5G無線通信技術の共同開発プラットフォームを構築するために、産業パートナー、政府機関、研究機関の連携を促進し、先進製品やプロセス、サービスの実用化を目標としている(1)。ENCQOR 5Gの予算は、約4億ドル(以下、全てカナダドル)となっており、その内訳は、民間パートナーが合計2億ドルを投じ、残りはカナダ政府、ケベック政府、オンタリオ政府がそれぞれ6,670万ドルを捻出する(2)。

ENCQOR 5Gは、5G技術の研究および実演を行うオープンなコラボレーションプラットフォーム「5Gイノベーション・プラットフォーム・アズ・ア・サービス(Innovation Platform as a Service:iPaaS)テストベッド(別称:デジタル・イノベーション・ハブ:Digital Innovation Hub)」を通じて、中小企業のネットワークを中心とした参加企業や研究機関が次世代5G技術ベースの製品・サービスのプロトタイプを共同開発できる場である。また、5G分野に従事する社会人や学生などの人材育成も行っている(3)。ENCQOR 5Gのテストベッドでは、5Gコネクティビティ、5G対応クラウドサービス、5G対応モバイル端末といった5Gサービス・インフラのエコシステム構築が目指されている。また、同イニシアチブで利用できる5Gの周波数帯については、2018年から2019年はサブ3(3GHz未満の周波数帯)~3.5GHzまで、2019年から2020年(以降)は28GHz~39GHzの周波数帯が想定されている(4)。具体的な数値は公開されていないものの、ENCQOR 5Gは2019年10月に5Gミリ波帯(5G mmWave)サービスが、オンタリオ州に位置するカナダの首都オタワで利用可能になったと発表しており(5)、一部のテストベッドでは28GHz以上の周波数帯に移行したものと推察できる。

カナダのENCQOR 5Gパートナーシップは、①5Gテクノロジーパートナー、②政府機関パートナー、③コーディネーティングパートナーと呼ばれる主要パートナーで構成されている。5G技術のR&D活動をリードする5Gテクノロジーパートナーには、スウェーデンの通信機器大手Ericsson、米通信機器メーカーCiena Corporation、フランスの電気大手Thales Group、米国のIBM、カナダのITコンサルティング・システムインテグレーターCGIが名を連ねている。また、ENCQOR 5Gに資金を提供する政府機関パートナーは、カナダ政府、オンタリオ州政府、ケベック州政府である。ENCQOR 5Gでの産学連携を調整するコーディネーティングパートナーは、州別に担当するNGOがそれぞれ分かれている。オンタリオ州では、同州産業界の先端技術の実用化推進およびイノベーター・起業家の人材育成を行うOntario Centres of Excellence(OCE)が担当している。一方のケベック州では、産学連携を調整するInnovation ENCQORと、産学連携のR&Dプロジェクトの立ち上げを支援するPromptがコーディネートを任されている(6)。

ENCQOR 5Gは2019年7月に、オンタリオ州のオタワ、トロント、キッチナー・ウォータールー地域、ケベック州のモントリオールとケベック・シティの5か所で、同イニシアチブで初となるテストベッド(デジタル・イノベーション・ハブ)を開始している(7)。オンタリオ州のテストベッドは、オタワではオタワ市経済開発機構Invest Ottawa、トロントでは同市における研究プロジェクトを支援するNGOのMaRS Discovery District、キッチナー・ウォータールー地域ではウォータールーのテクノロジー企業支援センターCommunitech内に設置されている(8)。ケベック州のテストベッドは、モントリオールでは都市部に位置するテクノロジー企業支援センターCentech、ケベック・シティではラバール大学(Université Laval)の人工知能(Artificial Intelligence:AI)とデータ科学に特化した研究所IID(Institute Intelligence and Data)となっている(9)。これらのテストベッドは、地元企業および研究機関が利用対象となっており、ENCQOR 5Gウェブサイト上でオンライン申請を受け付けている(10)。

 

 

カナダの5G:コロナ禍にも関わらずテストベッドでの共同研究や人材育成で前進

カナダのENCQOR 5Gでは2019年7月のテストベッド始動後、2020年に入り世界的なコロナウイルス感染症流行の影響で施設の一時閉鎖を余儀なくされたものの(11)、現在はリモートアクセスやセキュリティ要件を満たした企業に対して限定的にアクセスを解除し、共同研究を再開(12)、その進捗や新しいパートナーシップも発表している。

例えば、ENCQOR 5GのテクノロジーパートナーThales Groupは2020年7月24日、5G通信対応の自動運転車が必要とするコンピューティング機能の一部をエッジコンピューティングやクラウドにオフロードするシミュレーションを、データ分析とAIモデルのトレーニングを通じてテストするプロジェクトの進捗を発表した。自動運転車は、複数のセンサーが自らの車両の位置、隣接する車両、道路、障害物、目的地などの位置に関するデータをリアルタイムで処理する必要があるが、車載システムだけでは処理能力が不足するという問題がある。このテストでは、こうした問題を解決するために、エッジコンピューティングやクラウドでサポートできるかを調べており、テストを通じてこの技術のパフォーマンスの実証およびAIモデルのトレーニングに成功したという(13)。

また、ENCQOR 5Gは2020年10月9日、オンタリオ州南部マーカムに拠点を置く通信事業者Iristelと、5カ所のテストベッドにおける5G技術を使った新ソリューションの開発およびテストで提携すると発表した。Iristelは、同年2月に参加を発表したRogers CommunicationsBell CanadaTelus Communicationsなどカナダを代表する通信事業者6社と共に、ENCQOR 5Gのインフラを活用した技術開発を推進する意向である(14)。

このほか、ENCQOR 5GテストベッドにおけるR&D活動推進の原動力として期待される中小企業の参加も順調に進んでおり、2020年8月24日の発表時点で、テストベッドへのアクセス権を取得した中小企業の数は450社を超えている(15)。

さらにENCQOR 5Gでは、5G関連の人材育成にも注力しており、地元大学の工学部学生に対してテストベッドでの訓練プロググラムを提供することを2020年9月に発表している。また同イニシアチブは同月、ケベック州に拠点を置く中小企業向けにスマートシティに関する集中セミナーを開催したほか、オンタリオ州とケベック州で様々な産業セクターにおける5Gアプリケーション利用に関するウェビナーを実施する計画も明かしている。その他、5G関連の人材育成については、コーディネーティングパートナーのOCEが、インターンシッププログラムTalentEdgeを通じて、ケベック州の大学院生を対象に5G関連プロジェクトに参加できる機会を提供している(16)。

 

北米最新特集記事

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

横浜市は都市づくりの経験・ノウハウと企業の技術を活用し、新興国等の都市課題解決の支援と企業の海外展開支援を目的とした「横浜の資源・技術を活用した公民連携による国際技術協力(Y-PORT事業)」に取り組んでいます。 本稿では、タイ・バンコク都との都市間連携を特集します。...

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークでは、州全体のクリーンエネルギー推進や気候テックスタートアップ支援において、州によって設立された公益法人ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)が大きな役割を果たしている。また、ボストンで重層的な気候テック支援環境が見られるように、ニューヨークにおいてもNYSERDAだけでな...

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨーク市政府は、気候変動の危機に対応するグローバルリーダーとなることを目指し、脱炭素政策に取り組んでいる。ニューヨークの脱炭素に向けた取り組みの中で気候テック・エコシステムにかかる代表的なイニシアチブが、ニューヨーク市マンハッタンに属するガバナーズ島の気候ソリューションセンター(Center...

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

前項まで、ボストンの気候テック・エコシステムの主要なハブとして、グリーンタウン・ラボ、MIT、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センターを取り上げてきたが、ボストンを中心にマサチューセッツ州内には、気候テック・スタートアップを支えるまだまだ多くの支援機関やプログラムが存在する。【インキュベータ...

ボストンの気候テックエコシステム④:気候テックの実証促進「マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター」

ボストンの気候テックエコシステム④:気候テックの実証促進「マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター」

気候テックの多くは、商用化までに長い年月を要するため、民間投資のみで成長させることが難しく、公的な支援が必要とされている。ボストンの気候テックへの政府系支援で大きな役割を担っているのが、準公的機関であるマサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センター(MassCEC)である。[1]...

北米市場参入支援プログラム 参加スタートアップ企業を募集します!

北米市場参入支援プログラム 参加スタートアップ企業を募集します!

横浜市は、北米市場でのビジネス展開を目指すスタートアップに向けて、現地のスタートアップ支援機関と連携し、北米市場参入を支援する集中プログラムを実施します。プログラムでは、北米でのビジネス展開に求められる、現地のマーケットに関する知識や参入ノウハウに関するレクチャー、各スタートアップ固有の状況に応じた...

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

市内企業の興栄商事がタイでセミナー開催!

2024年2月13日(火)、市内企業の興栄商事株式会社が「タイにおける電気・電子機器廃棄物のITAD事業及びリサイクル事業に関する説明会」をホリデイインバンコクスクンビットセミナー会場開催しました。...