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ボストンの気候テックエコシステム③:気候テック人材の源泉「マサチューセッツ工科大学(MIT)」

執筆者 | 2023年1月16日

グリーンタウン・ラボのメンバー企業・卒業企業の創業者は、マサチューセッツ州内の大学出身者であることが多い。特に、マサチューセッツ工科大学(MIT)出身者が創業したスタートアップは、グリーンタウン・ラボの全メンバー企業・卒業企業の中で最も多いおよそ4分の1を占める。[1] このことは、MITがボストンにおける気候テック人材の源泉となっていることを物語っている。本項では、気候テック領域の起業家やスタートアップが活用する、MITの支援プログラムやコミュニティを概観する。

起業支援:MIT Venture Mentoring Service (MIT VMS)

MITベンチャー・メンタリング・サービスは、MIT在学/出身の起業志望者や起業経験者とMITのメンター陣のマッチングによる、無料の教育サービスである。[2]

  • チーム及び個別メンタリングを中心に、知財、財務、人事などの専門家から助言を得られるオフィス・アワーやブートキャンプ、投資家に対してピッチを行うデモデイ、他のベンチャーとのネットワークなどの追加プログラムも用意されている。[3]
  • MITベンチャー・メンタリング・サービスには190人以上のメンターが登録されており、2000年の創設以来、3,600人以上がメンター支援を受け、400以上のベンチャー企業が誕生している。[4]
  • MITベンチャー・メンタリング・サービスの支援を受けたベンチャーが獲得した資金は90億ドルを超える。[5]
  • MITベンチャー・メンタリング・サービスは、大学や経済支援機関によるベンチャー支援モデルとして横展開されており、全米28州、世界26か国から117の組織が、MITが提供するトレーニングを受講した。[6]

(サービス・フロー)

  • MITベンチャー・メンタリング・サービスでは、起業家が登録すると、事務局によって作成されたベンチャー企業の概要をメンター陣が受け取り、関心の有無を示す。[7]
  • 関心を示したメンターの中から2~4名程度のメンター・チームが構成される。[8]
  • チーム編成は時間と共に変更されることが多く、メンタリングの頻度やメンターの関わる期間は、起業家の意向やメンターとの関係性による。[9]

(グリーンタウン・ラボとの関係性)

  • 現在、MITベンチャー・メンタリング・サービスには15社が登録されており、うち3社(Accion Systems, bevi, Embr Labs)はグリーンタウン・ラボの卒業企業である。[10]
  • この他にも、MIT出身のグリーンタウン・ラボ・メンバーのうち、MITベンチャー・メンタリング・サービスの利用経験者は多い。
  • グリーンタウン・ラボの創設企業のひとつである、AltaerosやPromethean Power Systemsも、同サービスを利用した経験をもつ。[11]

【MITベンチャー・メンタリング・サービスの利用経験のある主なグリーンタウン・ラボ・メンバー】

企業名 開発技術、製品
Accion Systems 人工衛星の効率的な推進エンジン
Altaeros 自律型軽航空機(2022年に北海道宇宙センターで打ち上げ試験)
Bevi オフィス用水サーバー
Embr Labs ウエラブルデバイスによる温熱ウェルネス技術
Promethean Power Systems 冷凍用途のモジュール式エネルギー貯蔵システム

 

アクセラレーター・プログラム:MIT delta v

MIT delta vは、起業を目指すMIT学生向けに開発された教育アクセラレーター・プログラムである。

  • 2012年に始まったMIT delta vは、2021年までの10年間で181チーム、692名が参加した。[12]
  • うち61%のプロジェクトは、今日まで生存しているか、買収によりエグジットを果たしている。[13]
  • 参加チームの63%が資金調達に成功し、合計で10億ドルを超える。[14]

(プログラム・フロー)

  • 参加チームは、6月から9月初旬のおよそ3か月間、チーム同士のピア・ラーニング、専門家による1対1のメンタリングやセミナーなどを通して、ビジネスプランを練り上げる。[15]
  • 各チームは受講期間中、毎月2,000ドルの奨励金が給付され、事前に設定したマイルストーンの達成度に応じて、最大2万ドルまで無償の追加資金を得ることができる。
  • プログラムの最終段階では、ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコ/シリコンバレーの3か所で投資家向けのピッチ(デモデイ)が開催される。[16]

(他機関との関係)

  • MIT delta vに参加した全チーム中、38%が、Y Combinator(Yコンビネーター)、Techstars(テックスターズ)、MassChallenge(マスチャレンジ)といった有名アクセラレーターに採択されている。

(グリーンタウン・ラボとの関係性)

  • MIT delta vからは、気候テック・スタートアップも誕生している。
  • グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業のうち8社が、MIT delta vに参加した経験をもつ。[17]

【MIT delta vの参加企業のうち、グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業】

企業名 開発技術、製品
Accion Systems 人工衛星の効率的な推進エンジン
Acoustic Wells 油田の生産効率向上を目的としたIoTソリューション
AdaViv 温室・屋内農業向けのAIモニタリング・プラットフォーム
Biobot Analytics 下水道からウイルス、バクテリア等を検出・解析
Embr Labs ウエラブルデバイスによる温熱ウェルネス技術
Haystack Ag 高精度な土壌炭素測定ソリューション
Infinite Cooling 産業用設備の排水を高電圧電界で回収・再利用
Loci Controls 埋立地でメタンガス回収を最適化するクラウド型プラットフォーム

 

アーリーステージのタフテック・スタートアップ支援:The Engine

The Engineは、2016年にMITのスピンアウトで設立された、アーリーステージの支援機関であり、投資機能、インキュベーター機能、ネットワーク機能を備える。

(投資機能)[18]

  • 気候変動を含めグローバル課題に対し最先端の技術でアプローチするタフ・テック(Tough Tech)企業を対象に投資を行う。
  • 投資対象は必ずしもMIT発スタートアップに限らない。
  • 設立以来44社に投資を実行し、ポートフォリオ企業はThe Engineからの投資も含め41億ドル以上の資金を調達している。[19]

(インキュベーター機能)

  • 2022年に、マサチューセッツ州ケンブリッジに、ウェットラボ・スペースを備えた15万平方フィート(約14,000㎡)の新拠点「The Engine at 750 Main」を開設した。
  • この新拠点は、タフ・テック領域のエコシステムを育てることが目的とされており、入居対象は、The Engineの投資企業に限らず、タフ・テック領域のスタートアップに開かれている。[20]

(ネットワーク・育成機能)[21]

  • The Engineはポートフォリオ企業と大企業、投資家、政府などとのネットワーク機会「Tough Tech Summit」と「Provocations」)を提供している。
  • MIT出身に限らず、起業と商業化に関心のあるポスドク、研究者、教員などへの教育プログラム「Blueprint」と「Whiteboard」を提供している。

(グリーンタウン・ラボとの関係性)

  • The Engineの投資先44社のうち8社は、グリーンタウン・ラボのメンバー/卒業企業である。[22]
  • The Engine Blueprintプログラムに、FORAY BiosciencesやSiTrationなど、複数のグリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業が参加している。[23]

【The Engineの投資先のうちグリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業】

企業名 開発技術、製品
Biobot Analytics 下水道からウイルス、バクテリア等を検出・解析
FORAY Bioscience 木を伐採せずに木製品を生み出すバイオテクノロジー
Form Energy 再生可能エネルギーの貯蔵システム
Mantel 溶融塩を利用した二酸化炭素の回収新技術
Osmoses 透過性と安定性を備えた化学分離用の膜材料
RISE Robotics 油圧システムに代わる、電動重機械の次世代技術
Sublime Systems セメントの脱炭素化
Syzygy Plasmonics 熱ではなく光触媒による化学製造の電化、水素ガス製造

 

MITは、上記以外にも、MIT学生/出身起業家向けに様々な支援策を用意している。ここでは、気候テック・スタートアップへの支援に焦点を絞り、グリーンタウン・ラボ・メンバー/卒業企業に活用された実績のある主な機会を紹介する。

プログラム/機会 概要 グリーンタウン・ラボとの関係
77 MITを卒業した創業者限定のシード・キャピタル 公開ポートフォリオ27社中、3社がグリーンタウン・ラボ・メンバー[24]
アイデア・ソーシャル・イノベーション・チャレンジ 20年以上の歴史を持つ賞金付きの社会起業家プログラム Biobot AnalyticsBeviが受賞経験[25]
MIT 気候・エネルギー賞 2007年開始の気候テック賞金コンテスト(旧Clean Energy Prize) 受賞者の中から多くがグリーンタウン・ラボ・メンバーに[26]
MIT $100K アントレプレナーシップ 1990年から続くMIT学生向けのビジネス・プラン・コンテスト Acoustic Wells, Infinite Cooling, Osmosesが過去に優勝[27]
MIT Deshpandeセンター 2002年設立の研究支援センター(助成金とメンターシップなど) スピンアウト48社中、3社がグリーンタウン・ラボ・メンバーに[28]
MIT デザインX 2006年に建築・計画学部に開設されたアクセラレーター Adaviv, Biobot Analyticsが過去に参加[29]
MIT サンドボックス・イノベーション・ファンド 2016年開始のシード資金提供、メンタリング等含むプログラム Biobot AnalyticsAeroShieldなどが過去に参加[30]
The E14ファンド MIT発ディープテック・スタートアップ対象の投資ファンド 公開ポートフォリオ64社中、2社がグリーンタウン・ラボ・メンバー[31]

 

社会実装可能な気候変動のソリューションを生み出すには学際的な研究やセクター横断的な連携が必要となる。MITでは、気候テック領域の研究を支援するイニシアチブやコミュニティが組織されている。

コミュニティ/イニシアチブ 概要
MITエネルギー・イニシアチブ(MITEI)

2006年発足のMITエネルギー・イニシアチブは、教員、学生、スタッフを結びつけるMITのエネルギー研究、教育、アウトリーチのハブである。

  • MIT研究者を結集し、産業界や政府との連携を促進し、MIT全体で数百の研究プロジェクトを支援している。
  • 研究開発や成果を教育に取り入れ、スポンサー付きの研究機会やプログラムを通じて学生の応用学習体験を促進している。
  • 研究報告書を通じて公共政策に情報を提供するだけでなく、学内でイベントを主催・後援する他、教員やスタッフの外部イベントへの参加を支援している。
MITエネルギー・気候クラブ

2004年設立のMITエネルギー・気候クラブは、エネルギーと気候変動に情熱を持つ学生と地域を結び付けるプラットフォームである。

エネルギー・気候キャリア・フェアは、気候分野の合同就職説明会である。スタートアップも多く参加している。

MIT環境ソリューション・イニシアチブ(ESI)

2014年発足の環境ソリューション・イニシアチブは、環境と持続可能性における喫緊の課題に対する学際的な解決策を調整・開発する。

  • ESIのシードグラント・プログラムは、MIT全体で15件の複数研究者プロジェクトに資金を提供している。
  • 「環境と持続可能性」の副専攻など、教育活動を促進している。

環境政策問題を評価する産業界や政府にMITの学生を派遣し、調査・分析をサポート。ジャーナリスト向けのフェローシップ・プログラムや気候変動への市民理解向上のためのポータルサイトなど。

MIT気候・サステナビリティ・コンソーシアム(MCSC)

2021年発足のMCSCは、影響力のある産業界のリーダーを招集しMITの現在の取り組みを増幅・拡大する新たな協力の機会を創出する。

  • 企業の目標をバリューチェーンにリンクさせ、シナジーを高め、盲点を見つけるための戦略を立てる。
  • 業界横断的な技術、プロセス、組織の改革を実施し、定義し、設計し、試行する。

サステナビリティの実践を従業員や大学教育に浸透させるための教育を行う。

 

前項、続きはこちら↓

 

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