北米特集記事

サンフランシスコ・ベイエリア:気候テックエコシステム(ユニコーン企業ケーススタディ)

執筆者 | 2022年9月29日 | 特集記事, 脱炭素政策

サンフランシスコ・ベイエリアの気候テックエコシステムから生まれたスタートアップは、多くのベンチャー投資を集めている。プロフェッショナルサービス大手PwCの調査によれば、2020年後半から2021年前半にかけて世界最大の気候テック投資となる566億ドルを集めた北米において、最も活発な投資ハブとされたのがサンフランシスコ・ベイエリアだった(1)。同地域の気候テックエコシステムには、サンフランシスコ・ベイエリアに留まらず、世界中の様々な組織が関わっている。同地域の気候テック企業向け資金も世界中から投じられており、同地域からは複数のユニコーン企業(2)も誕生している。本稿では、そうしたなかから、過去数年間で多くの資金を調達しユニコーン企業となり、メディア等から注目を集めた太陽光発電ソフトウェア開発のAurora Solarと、フードテックPerfect Dayの2社を取り上げ、世界中のステークホルダーを巻き込むサンフランシスコ・ベイエリアの気候テックエコシステムの一端をご紹介する。

 

サンフランシスコ・ベイエリアの気候テックエコシステムから生まれたユニコーン企業

 

Aurora Solar

サンフランシスコに拠点を置くAurora Solarは、当時スタンフォード大学経営大学院(Stanford Graduate School of Business)の学生であったChristopher Hopper氏とSamuel Adeyemo氏が2013年に設立した気候テックスタートアップで、太陽光発電システムの設計・販売支援ソフトウェアを開発している(3)。両氏は、実際の設置用地に出向かずに遠隔で設計したほうが早く正確に作業ができるという信念のもと、衛星画像、LiDAR(光検出と測距:Light Detection and Ranging)スキャン、電線や電力消費データ、日射環境といったさまざまなデータを組み合わせ、ソーラーパネル設置業者による用地選定やマーケティングを支援するソフトウェアを開発した。同社の最高経営責任者(CEO)となったHopper氏と、最高研究責任者(CRO)を務めるAdeyemo氏は、太陽光発電システムの用地の下見等にかかる「ソフトコスト」を削減することが、太陽光発電の競争力強化に欠かせないと考えてきた(4)

同社は、2016年11月に連邦エネルギー省(U.S. Department of Energy)の太陽光発電関連インキュベーター「SunShot Incubator Program」から40万ドルを得た後、2019年2月にはシリーズAラウンドでシカゴのエネルギー系投資運用会社Energize Venturesから2,000万ドルを調達した(5)。またAurora Solarは、同年7月にGoogleと提携し、Auroraのソフトウェア設計用のモデリングと、Googleが所有する膨大なLiDARやHDイメージ等のデータセットを組み合わせ、ソーラーパネル設置業者が太陽光発電システムの外観やパフォーマンスを遠隔でより正確に把握できるような3Dマッピングを提供すると発表した(6)。

Googleの支援を受けソフトウェアを強化したAurora Solarはその後も堅調に資金調達を続け(7)、2021年5月にシリーズCラウンドで2億5,000万ドルを得てユニコーン企業となり(8)、2022年2月には、シリーズDラウンドで2億ドルを調達し、評価額は40億ドルに達している(9)。最新の調達ラウンドは、Energize Venturesと、ニューヨークやサンフランシスコにオフィスを構えるテクノロジー系投資運用会社Coatueが主導し、既存投資家からサンフランシスコのICONIQやロサンゼルスのFifth Wallに加え、新規投資家としてニューヨークのLux CapitalやパロアルトのEmerson Collective等が参加した。同社のソフトウェアはこれまでに、750万件以上の太陽光発電プロジェクトの設計に利用されており、国内の顧客には、SunPowerや、Freedom ForeverInfinity Energy等の大手ソーラーパネル設置業者が名を連ねる(10)。

 

Perfect Day

バークレーに本社を構えるPerfect Dayは、ヴィーガン(Vegan:完全菜食主義者)のバイオエンジニアであるRyan Pandya氏とPerumal Gandhi氏が、より優れた食感を持つ乳製品の代替品を求めて2014年に立ち上げたフードテックスタートアップである。両氏は、サクラメントの非営利培養肉研究機関New Harvestの事務局長を務めるIsha Datar氏と共に、牛乳の美味しさやクリーミィな食感の基となる乳タンパク質を、動物質(乳牛)なしで製造する方法を模索した。Perfect Dayは、アイルランドのアクセラレータープログラムを経て、乳製品の代替品を求める一般人や投資家の注目を集めた(11)。同社はその後、微生物を発酵させることで乳牛を使わずに、動物性タンパク質と同じ栄養と食感がありながら、ラクトース(乳糖)やコレステロール、ホルモン等を含まず、カーボンフットプリントも少ないアニマルフリープロテインの開発に世界で初めて成功した(12)。同社は、食品の作り方が直接的な気候変動対策になると信じており、同社のアニマルフリープロテインの製造プロセスは、動物質を使わないだけではなく、既存の動物質の乳タンパク質の物と比べて、使用する水の量が99%少なく、温室効果ガスの排出量も最大97%少なく、再生可能エネルギー以外の電力も最大60%少ない量で済むと説明している(13)。

Perfect Dayは2018年2月に、シンガポールの国営投資会社Temasekが主導し、香港のテクノロジー系ベンチャー投資会社Horizons Venturesや(14)、ICONIQが参加したシリーズAラウンドで2,470万ドルを調達した(15)。Perfect Dayは、2019年2月にも同じくTemasekとHorizons VenturesからシリーズBラウンドで3,480万ドルを集め、同年12月にはシリーズCラウンドで1億4,000万ドルを得て(16)、事業の大幅な拡大に成功した(17)。勢いに乗るPerfect Dayは、2020年7月にもTemasekとHorizons Ventures等からシリーズCラウンドで1億6,000万ドルを獲得し同ラウンドでの総額を3億ドルとし(18)、2021年には9月には、長年にわたる投資家であるTemasekとHorizons Venturesに加え、韓国の財閥SK Group傘下の持株会社SK Holdingsや、マスメディア・エンターテインメント大手Walt Disney Companyの取締役会長兼会長であるBob Iger氏等から、シリーズDラウンドで3億5,000万ドルを調達し、評価額15億ドルとユニコーン企業リスト入りを果たした(19)。

Perfect Dayは、大規模な資金調達に伴い、製品ラインナップも拡充しており、現在は乳飲料、アイスクリーム、チョコレート、クリーンチーズ、プロテインパウダー等を提供している(20)。また、同社は市場拡大にも注力しており、2021年1月には主要投資家Horizons Venturesの本拠地である香港のアイスクリームチェーンIgloo Dessert Barと提携し、アジア初となるアニマルフリーアイスクリームを提供すると発表した(21)。また同社は2022年9月にも、2050年までのネットゼロ実現を目指すスイスの食品・飲料大手Nestléと提携し、Nestlé製品にアニマルフリープロテインを組み込むことを発表した。両社はまず、アニマルフリーのホエイプロテインの開発を進める予定である(22)。

これら2社の事例からも、サンフランシスコ・ベイエリアの気候テックエコシステムには、世界中の様々な組織が関わり、世界から資金が集まっていることが分かる。

 

あわせて読みたい

 

参考ページ

(出典)

  1.  https://www.pwc.com/gx/en/sustainability/publications/assets/pwc-state-of-climate-tech-report.pdf
  2. 評価額が10億ドル以上で設立10年以内の非上場企業のこと。
  3. https://aurorasolar.com/about/
  4. https://techcrunch.com/2021/05/24/aurora-solar-aims-to-power-the-growing-solar-industry-with-a-250m-round-c/
  5. https://aurorasolar.com/about/
  6. https://www.greentechmedia.com/articles/read/google-and-aurora-solar-cement-partnership-on-geographic-data
  7. https://aurorasolar.com/about/
  8. https://techcrunch.com/2021/05/24/aurora-solar-aims-to-power-the-growing-solar-industry-with-a-250m-round-c/
  9. https://www.crunchbase.com/funding_round/aurora-solar-series-d–29c7f246; https://www.prnewswire.com/news-releases/climate-tech-saas-leader-aurora-solar-secures-200-million-in-series-d-to-further-the-digital-transformation-of-the-solar-ecosystem-301491593.html
  10. https://www.prnewswire.com/news-releases/climate-tech-saas-leader-aurora-solar-secures-200-million-in-series-d-to-further-the-digital-transformation-of-the-solar-ecosystem-301491593.html
  11. https://perfectday.com/our-story/
  12. https://perfectday.com/faqs/ なお、同社のアニマルフリープロテインは、2020年4月に米食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration:FDA)の承認を得ている。https://thespoon.tech/fda-approves-perfect-days-animal-free-whey-protein-as-safe-to-eat/
  13. https://perfectday.com/better-for-everything/
  14. サンフランシスコ・ベイエリアの気候テックエコシステムには、多くの気候テック・スタートアップが集積している。TemasekとHorizons Venturesは、植物由来の人工肉や乳製品開発スタートアップとして著名なベイエリアのImpossible Foodsの投資家でもある。https://www.businesswire.com/news/home/20211123005589/en/Impossible-Foods-Closes-500M-in-New-Funding-Amid-Record-Growth
  15. https://gfi.org/blog/perfect-day-rakes-in-247m-series-a/
  16. https://www.crunchbase.com/organization/perfectday/company_financials
  17. https://www.businesswire.com/news/home/20191211005239/en/Perfect-Day-Announces-140-M
  18. https://www.foodnavigator-usa.com/Article/2020/07/08/Perfect-Day-expands-Series-C-to-300m-significantly-boosts-efficiency-of-animal-free-dairy-protein-production
  19. https://www.greenqueen.com.hk/perfect-day-dairy-identical-late-stage-funding/
  20. https://perfectday.com/made-with-perfect-day/
  21. なお、同社は、ロサンゼルスに本社を構えるNick’s Ice CreamやBrave Robotといった米国内のアイスクリームチェーンとも同様の契約を締結している。https://www.scmp.com/business/companies/article/3119324/li-ka-shing-backed-start-perfect-day-launches-asias-first-animal
  22. https://thebeet.com/nestle-dairy-free-perfect-day/

北米最新特集記事

市民の足を支えるIoT事業から考える、 横浜で働くこと

市民の足を支えるIoT事業から考える、 横浜で働くこと

日本有数のビジネス都市、横浜。 開港以来、文明開化の中心地として繁栄し、鉄道や水道など“横浜発祥”と言われる技術が数多く生まれ、多くの技術・文化を受け入れ発信してきました。近年では、大企業の本社および研究開発拠点が多数集まるなど、ビジネス都市としてさらなる発展を遂げています。...

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

タイ国バンコク都との都市間協力を推進しています。

横浜市は都市づくりの経験・ノウハウと企業の技術を活用し、新興国等の都市課題解決の支援と企業の海外展開支援を目的とした「横浜の資源・技術を活用した公民連携による国際技術協力(Y-PORT事業)」に取り組んでいます。 本稿では、タイ・バンコク都との都市間連携を特集します。...

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークの気候テック・イニシアティブ②:ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)のスタートアップ支援

ニューヨークでは、州全体のクリーンエネルギー推進や気候テックスタートアップ支援において、州によって設立された公益法人ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)が大きな役割を果たしている。また、ボストンで重層的な気候テック支援環境が見られるように、ニューヨークにおいてもNYSERDAだけでな...

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨークの気候テック・イニシアチブ① :ニューヨーク市の気候ソリューションセンター計画

ニューヨーク市政府は、気候変動の危機に対応するグローバルリーダーとなることを目指し、脱炭素政策に取り組んでいる。ニューヨークの脱炭素に向けた取り組みの中で気候テック・エコシステムにかかる代表的なイニシアチブが、ニューヨーク市マンハッタンに属するガバナーズ島の気候ソリューションセンター(Center...

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

ボストンの気候テック・エコシステム⑤:気候テック・スタートアップへの重層的な支援

前項まで、ボストンの気候テック・エコシステムの主要なハブとして、グリーンタウン・ラボ、MIT、マサチューセッツ・クリーン・エネルギー・センターを取り上げてきたが、ボストンを中心にマサチューセッツ州内には、気候テック・スタートアップを支えるまだまだ多くの支援機関やプログラムが存在する。【インキュベータ...

横浜・LINK-J ライフサイエンス・ラウンジ@NYC第7回セミナー 2024年を振り返る、米国ライフサイエンス市場の最新動向と2025年の展望

横浜・LINK-J ライフサイエンス・ラウンジ@NYC第7回セミナー 2024年を振り返る、米国ライフサイエンス市場の最新動向と2025年の展望

横浜市米州事務所と LINK-Jとの連携による「横浜・LINK-Jライフサイエンス・ラウンジ@NYC」として、2022年12月の第1回セミナーから米国ライスサイエンス市場に関する現地の最新情報をお届けしております。第7回セミナーでは、NYCを拠点に活動する横浜市ライフサイエンスサポーターである栄木憲和氏及び武田秀俊氏に加え、ニューヨーク拠点の調査・コンサルティング会社のクリス・ビックリー氏をお招きし、米国ライフサイエンス市場の1年間を振り返り、米国大統領選挙後となる2025年の展望についてお届けします。

山中・横浜市長が国連機関の共催によりバンコクで行われたハイレベル政策対話でスピーチをしました

山中・横浜市長が国連機関の共催によりバンコクで行われたハイレベル政策対話でスピーチをしました

10月15日、国連開発計画(UNDP)、国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、国連人間居住計画(UN-Habitat)、バンコク都(BMA)の共催で、ハイレベル政策対話「未来へのリーダーシップ:アジア太平洋地域の持続可能でレジリエントかつ公平な都市のための都市ガバナンスの実践強化」がタイ...

Yokohama Innovation Night開催 ~グローバル・スタートアップとの協業の成功と失敗から学ぶ~(11/18)

Yokohama Innovation Night開催 ~グローバル・スタートアップとの協業の成功と失敗から学ぶ~(11/18)

海外スタートアップとのオープンイノベーションに取り組む、又は関心のある日本企業の皆様などを対象にしたセミナーイベントを開催します。日本企業・海外スタートアップ両方の視点から、海外のスタートアップとの連携におけるヒントや失敗例、海外の最新情報やグローバルな協業をする際のコツなどについて取り上げ、セミナー後にはネットワーキングも実施します。海外のスタートアップとの連携や海外のイノベーションの動向に興味・関心のある皆様のご参加をお待ちしています。

第13回アジア・スマートシティ会議「アジアのグリーンハブ」横浜において成功裏に閉幕:「横浜宣言」を発表し、アジアの都市らがグリーンな未来へ前進

第13回アジア・スマートシティ会議「アジアのグリーンハブ」横浜において成功裏に閉幕:「横浜宣言」を発表し、アジアの都市らがグリーンな未来へ前進

10月23日から24日まで、横浜市の会議センターパシフィコ横浜において、横浜市の主催で第13回アジア・スマートシティ会議が開催されました。「脱炭素」をテーマに、「アジアの都市とグリーンな未来へ」をスローガンに掲げ、アジアの都市、国際機関、企業、学生など国内外の多様な参加者が2,200名以上が集い、持...